★つぶやき

今後のこと

あっという間にもう8月ー。
帰国一番、食べた日本食はラーメン。
荻窪にある春木屋でラーメンを食べてきました!!
おいしかったね~。感動ひとしおです。。。

それから、公言どおり、金沢では日本酒、
北海道ではお寿司を食べてきました。
本当に幸せです!!!
しかしながら、時差ボケで胃腸が弱っているらしく、
しばらくは少食です。

今後の人生ですが、
迷いに迷った末の決断をしたので、ここに報告します。
休職していた(社福)石川県聴覚障害者協会を7月31日
付けで退職しました。
今後は、リーダーシッププログラム編成とろう教育の知識を
さらに極めるために8月7日再渡米します。

一年間では適応するのに精一杯だった。
それが正直な気持ちです。
半人前の自分で何が出来るのだろうか?
もう少し力をつけて、社会に貢献できる自分になりたいと、
自己責任を問う米国で挑もうと決意しました。

まだまだ半人前のKarry。
私の人生行路はまだまだ続きますが、今後ともよろしく
お願い致します。

前職場の人たちと昼食
P1020238_2

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ありがとう、石川県!

スペインから帰国し、仕事の引継ぎなどやることに追われて、
スペイン報告がまだ出来ていません。
気長に待ってください・・・

石川ろう協会に勤めて2年たとうとする今、渡米に向けて、
今日より1年間休職に入りました。
私の感性を更に伸ばしてくれた石川県、そして北野施設長
を始め、全ての方に感謝の思いで一杯です。
昨日まで働いていたのが、不思議な気持ち・・・。

職員の皆さん、石川ろう協会の皆さん、手話講座の受講生
たち、ろう児たち、ろう児をもつ保護者方々、手話通訳、手話
サークルの方たち、一人一人全ての方々が私の心に刻まれて
います。
大変お世話になりました。
Karryは自分の人生の第二章の扉を開きます。

昨夜、ろう協会を中心とした壮行会を開いていただき
ありがとうございました!
皆さんがモデル事業で更に学習したい意欲と深い信頼を
寄せていただいていたことが分かっただけでも本当に
嬉しいです。
それから、皆さんの心にKarryが住んでいたこともわかり、
本当に本当に感動でいっぱいです。
特に一人ひとりのメッセージが私の心に響き、必死に涙を
こらえましたよ。
石川県の追い風になれたのだ・・・と思ったと同時に、皆さん
より沢山学ばされた私です。感謝したいのは私のほうです。

Kazuo_2 司会進行の鴻野手話対策部長



Kitano_2 石川のママでもある北野施設長



Minami_2 当法人の南武理事長
左は吉岡教育対策部長


All01_3参加者の皆さんと(1)



All02_2 参加者の皆さんと(2)





モデル事業は今後吉岡真人さん、鴻野一緒さんを中心に
展開していきますが、より一層ご支援のほど、よろしくお願い
します。
石川県が成長すると、日本への追い風になることは間違い
ないと思います。
皆さん、好きだよ!ありがとう!!

今から渡米に向けて準備をし、8月半ばに出発します。
よって今夜金沢を発ちます。
寂しい気持ちも入り混じっているけど、1年後、成長した姿で
会おうよ!

石川県聴覚障害者センターのブログも見てください★
http://ishikawa-deaf.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_0970.html

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小さな日米交流

先週、アメリカにあるサンタモニカのろう高校生、ジーオ君が
はるばる金沢に来た。
どうして、金沢?と思われる人もいるかと思うが、
カリフォルニア州立大学ノースリッジ校(CSUN)に留学して
いる小林洋子さんの紹介で、ジーオくんは金沢を訪れた
のだ。
洋子さんとは、昨年秋、ノースリッジ大学で私が講義をした
時に大変お世話になった。

その後、ジーオくんの両親と洋子さんの願いもあり、わたしも
日米交流のお手伝いが出来ればと便乗させていただいた。

Dsc03464彼は日本が大好きで、日本語、そして日本
手話を家庭教師である洋子さんから学び、
独学で日本の歴史を勉強しているそうだ。
ホームスティ先の北野家に到着し、和室に
通した途端、パパに「これは本物の畳ですか?
畳とコザの違いは何ですか?」と質問し、
パパは面を食らっていた。

私は、週に1回、石川県立ろう学校高等部、専攻科の自立
活動の時間に「ろう者学」と称して手話をはじめ、色々と
指導をしている。
その時間を使って、ジーオ君と石川県のろう高校生との交流を
図りたいと先生に申し出たところ、快く引き受けてくれ、実現
することができた。感謝!

Geao彼は「アメリカの高校生の一日」と題して、
日米教育システムを流暢にプレゼンして
くれた。


生徒達の反応は・・・
「え?アメリカは朝7時半から始まるの?石川は8時半から
だよ。」
「学校まで1時間半かけて毎日通うことはすごいな!」
「ラテン語まで勉強するの?」
「試験は2回なの?日本は3回あるから、そっちのほうが
楽だなあ」
しかし、ジーオくんは
「2回だからこそ大変だよ。試験に落ちたら、日本みたいに
追試はないんだ。自己責任になる」と。
色々と盛り上がり、50分間が有効な時間になった。

広島ろう学校(今は名前が変わって広島南特別支援校)へも
交流に行き、そして今日は奈良ろう学校と、全国各地のろう
学校を訪問すると聞いている。
小さな交流がどんどん広がっていくことを祈念してー。
この小さな交流がきっと大きなものをもたらしてくれるだろう。

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至福!!

すっかりご無沙汰しました。
世界ろう者会議の講演準備、米国留学の準備、仕事、様々な
活動に追われて、気持ちもなぜか焦りがちになってしまう自分
がいる。
でも、忙しさに追われながらも残された日本生活、そして金沢
での生活を有意義に毎日を過ごしている。

先日、東京で働いていたとき、お世話になった方が所用で
金沢に来られると連絡が入り、一緒に食事をしようと再会の
約束をした。
金沢生活も2年たとうとしているはずだが、おいしいところも
あまり知らず、店の設定はその食事会に参加する友人に
任せた。

金沢市より車で走ること15分。
野々市町にある料理店「山ごぼう」に落ち着き、3年ぶりの
再会に乾杯をした。
食事はコース料理になっていて、前菜からはじまり、
デザートまでの大満喫のフルコース。
あまりにもおいしかったので、ここで、ちょっとご紹介。

Yamabiko1_1 まりも梅のシロップ漬け
(中央・めちゃおいしい!)
左より時計回りに、蕗のみそ、ジュンサイ、
ゴマ豆腐、鮭の手毬寿司(ほおずきの中)、
豆腐の粕漬け、沢かに??(初めて食べたぞ)

Yamabiko2グレープフルーツを器に、山菜の味噌和えの
組み合わせ。最初はフルーツに味噌・・・?
奇抜な組み合わせだなと思いつつ、口に運んだ
途端、グレープフルーツの甘酸っぱさが、意外
にもいい具合で口直しになる。

Yamabiko3最後は、デザート。作りたてのわらび餅!!
極上の食感に、きなことあんみつが加わり、
絶妙な「和」の味を造り上げてくれる。
わらび餅が透き通って濃緑の葉が写り、視覚
からもその味を堪能した。

店主は食器も食材も店の雰囲気も一つ一つ繊細に選んでいる
ので、束の間の北大路魯山人気分を味わえた。
人にも出会いがあるように、食べ物にも出会いがある。
こうした食べ物との出会いに幸せを感じる。
そして、食べ物を通して一緒にいる相手と食事しながら深く
語り合えることへも幸せを感じる。
ここにまた、生きていることの幸せを噛み締める。

東京よりはるばる来た知人は、人生を長く生きている分、
これから海外へ羽ばたく私に明確な指針を頂いた。
人生をより多く生きた人の言葉は、どれもこれも重みがある。

正直言うと、決意しては、些細な不安によってまた揺れる。
そして、自分に言い聞かせてはまたやりきるぞ!という
気持ちにもなる。
この気持ちの行程を経ながら、「あ~、私も人間なんだなあ!」

料理のおいしさも重なり、久々の再会に心から「至福の時だ!」
と。短い時間であったが、これもまたありがとう。
私って、ホントにしあわせもんや!!

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Karry 世界を駆ける!

世界ろう者会議に引き続き、みなさんに報告したいことがある。
このたび、愛の輪基金・ダスキン障害者リーダー育成海外研修
27期生として、この夏から1年間、米国ギャローデット大学へ
留学します!

まずは、留学に際し、多大なるご理解ご協力いただいた沢山の
方々へ感謝を申し上げたい。
私を理解してくださった北野施設長、石川県聴覚障害者協会
南武理事長をはじめ、石川県の方々、しゅわえもん関係の
皆さま、宝友・友人たち、愛の輪基金関係者たち・・・
そして、人生の指針を示してくださったわが師匠、最後に
愛する家族に感謝の思いを最大に込めて、
「本当にありがとうございました!」

協力いただいた方々のことも含め、今まであった過程の
全てを振り返った今、「偶然は必然である」
この言葉がガツンと胸に入った。
決して偶然にもこの留学が決まったのではない。
全てに意味があり、それが全て自分に還元されてきたのだ。

留学のために目下必要な手続きをしているが、思いの外、
大変・・・。しかし、そこまで漕ぎ着けるための過程こそが
未来を盤石なものにする。
留学は、自分が試されることにもなるとも思っている。
だからこそ、今の段階から、一つ一つ大切に積み上げて
いきたい。
まだまだ手続きが残っている部分もあるので、正式に終了
次第、詳細を報告したく思う。

私の母校・創価大学の創立者の指針に
「英知を磨くは何のため 君よ それを忘るるな」
For what purpose should one cultivate wisdom?
May you always ask yourself this question!

その言葉が私自身の脳と心を刺激している。
常に「何のため?」と問いながら、思索を練っていきたい。
そして、どんな起伏があっても、報恩感謝の気持ちを忘れず、
信念を突き通していく。

P.S 
今まで「教育団体しゅわえもん」として活動して参りましたが、
5月2日にNPO法人認証を頂き、この度「NPO法人しゅわえもん
として、新体制でスタートすることとなりました!
新たな出発の元、スタッフ一同、これからも邁進して行きます
ので、引き続き宜しくお願いします。

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時間

一年365日、一日24時間、1時間60分・・・。
それがアンドロメダ銀河太陽系地球に住む私たちの揺るぎ
ない法則である。

子どもの頃は一日がとても長く待ち遠しい思いを抱いたが、
高校を卒業してからは急速に時間が過ぎてしまう錯覚に
陥ってしまう。
「時」は不変の真理をもつが、環境や年齢などによって、
変化しゆくように感じるのは、なぜだろうか。

一日24時間じゃなく、28時間、36時間あればいいのに・・・
とよく現実離れした戯言を聞く。
もし、そうであれば、また別の視点や価値観が生まれるだ
ろうが、そういうことを言う人は、毎日が精一杯で何かに
追われて一日を過ごしているだろう。

かつての私も、課題や目標に追われて一日があっという間
に終わってしまうことがあった。
掲げた目標に自分の処理能力が追いつかず、私自身が
混乱、落ち込むこともしばしばあった。
そのときに限って、自ずと自省をする。
心の持ちようで、一日をどう過ごすか、価値のある一日を
いかに過ごせるかにかかるのではないかと最近思うように
なった。
忍耐強く、自分の心をコントロールするポジティブな思考力
が必要になる。

「時」は人生に比例してくる。
人生は「運」もつきものだが、最大のポイントは「努力」に
よって価値観を生み出す。
どういう努力を重ねていったのかは、最終的に「時」が証明
する。だから今この「時」をうまく運用していこう。
将来につなぐ貴重な「時」を私は賢明に過ごしていきたい。

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能登半島震災支援

金沢の桜は今五分咲きです。週末か来週辺りには満開で
金沢を華やかにしてくれるでしょう。
四季とりどり魅せる兼六園の風情が、私の心を躍らせます。

能登半島震災は大きな爪あとを残したが、逞しくも現地に
暮らす人たちは「能登魂・人間魂」で復旧に向けて歩んで
いる。
先週「能登半島震災聴覚障害者対策本部」の支援隊として
輪島市へ2日間赴いた。
錯綜とした思いを抱きながら、早朝車を走らせた私を一掃
したのが、七尾湾に面した美しい景観。
ちょうど朝日がのぼっていて、波全体が銀波となり、一際
輝いていた。閉鎖湾岸のため波もおだやかで、のどかな
景色。連なる蛇行カーブを走行しつつ、一旦車を止めて、
七尾湾を照らす陽を私も一身に浴びたかったが、ここは
業務で来ている。
後ろ髪を引かれながらも、穴水経由で輪島へ向かった。
自然は本当に不思議なものだ。
その景観だけで、私の不安は一蹴されていた。

8時半輪島市役所に到着。緊張感漂う中、福祉課へ。
福祉課職員、県保健士、県センター職員、奥能登ろう協会
役員、手話通訳士と対面し、動きを確認、即対応に入った。

耳が聞こえない分、放送など音声で流している内容が行き
届かず、置き去りにされがちである。
能登という地は過疎化されていて、地域から孤立している
聴覚障害者もいるのかもしれない。
一日目は個人宅へ家庭訪問、2日目は避難所まわりと業務
を全うしてきた。

聞こえない人といっても様々なスタイルがある。
手話を媒体に生きるろう者、音声と聴覚に生きる難聴者、
加齢による老人性難聴と未就学のろう者。
それぞれのニーズに応じた支援と整理をしていきた。

倒壊した家、陥没した道路、倒れた石灯籠、鳥居、土砂崩れ
など、活動層プレートに関連があるのか、地域によって被害
度が違っていた。特に輪島市門前地域がひどかった。
ご存知のとおり、日本は地震大国である。
地震活動が活発だろうか、不活発だろうか、「地震はどこで
も起きうる」ことを肝に命じておかねばならない。
能登に限らず、今まで起きた大震災を教訓に対策システム
作りはもちろんのこと、社会的弱者におかれる防災ネット
ワーク体制の整備も忘れてはならない。
それに個々における意識向上も地震大国・日本に住む最低
の心構えにかかる。

今回の支援活動に赴いて感じたことがあった。
震災は当然の如く、全てをパニックに陥れる。
役所で働いている人も当然ながら被災者の1人である。
それでいて、仕事で市民救済、支援にと奔走する姿勢に熱い
思いを感じたが、疲労の蓄積は否めない事実である。
対策に追われる方々の体に懸念を抱きつつも、そういった
方々の働きにより、それぞれの家庭は地域につなげ、地域が
行政につなげていくことの大切さを学ばされた。

被災者の心身のケアや、避難所や仮設住宅を中心とした
新たなコミュニティ作り、聴覚障害者へのネットワーク体制、
倒壊・破損した家の修理・改築、また個々に重くのしかかる
精神的ストレスの排除など、取り組まなければならない課題
が沢山あるだろうと思う。
「頑張れ」ということはたやすいけど、現地の人はそうはいか
ないところもある。
しかしながら震災をバネにして、プラス的発想に切り替えて
みれば今まで手を出せなかった課題を震災だからこそ取り
組めたと考えたい。
周囲が支えていくことも大切であろう。

回ってきた人たちの語りを一つ一つ思い出しながら、沈黙
漂う能登の夜、車を走らせ、金沢へ向かった。
夜遅くに対策本部の待つ県センターに着き、皆さんの顔を
見た途端、緊迫した気持ちから、ホッとしたのか一気に気
が抜けた自分がいた。

次回は能登支援で感じたカルチャーショックを書こうと思う。

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やった~!ありがとう!!

世界ろう者会議教育部門の基調講演のレジュメ(日本語/英語)
が出来、大会事務局に無事提出できました!!
皆さんの叱咤激励、誠にありがとうございました。
長い間温めてきた構想だけで、それを言葉にする苦しみがあった
分、出来上がったとなると、やはり喜びは大きい。
後は本番を待つだけとなりました。
国際手話でプレゼンするので、それも確認しなければならないが、
まずはひと段落。

タイトルは開かれたろう教育観を目指して、こう決めました。
「グローバリズム時代におけるろう教育」
"Globalization on Deaf Education"


自分を振り返ってみると、1994年「バイリンガルろう教育」の言葉
を知り、ろう教育に関わろうと思ったのもその時だった。
NPOバイリンガルろう教育センター龍の子学園で、教育実践を
得て、現在石川県聴覚障害者センターでろう児支援を中心に、
広範囲にわたる業務に携わっている傍ら、教育団体「しゅわえもん
で活動をしている。
そういう過程があったからこそ、一度原点に立ち返って考えられた。
たどり着いた答えと、教育の目的、社会構想、経済価値論を私は
述べることを決意した。

何度も言うようだけど、改めて皆さんに感謝したい。
本当にありがとう。その言葉だけでは足りないくらい。
今までの過程を抜きにしては「Karry」はいなかった。
皆さんが「Karry」を育ててくれたとも過言ではない。
まさに「人が人を作る」その通りですね。

さて、話は変わって、
私は明日より2日間支援体制の下、奥能登に向かう。
今日も能登では震度5の余震があり、今後もまた続くのではないか
と緊迫した状況はぬぐえない。
奥能登は過疎地なので、高齢ろう者、難聴者の生活保障が必須
となる。まして余震が続いているので、心のケアとして傾聴も必要
になる。奥能登のろう者・難聴者たちを孤立させないように、復旧
やケアを組織につなげてできることをまず考えていく。
明日は奥能登を目の当たりにするので、どういうことを感じるのか
皆目つかないが、全力を尽くしていきたい。
今のところ、能登有料道路は羽咋市より先が道路陥没で通行止
となっているため、七尾回りの一般道路にて向かう予定。
気をつけて行ってまいります。
(朝早いので起きれるかなあ~、それだけが心配です・・・)

石川県聴覚障害者センター(能登半島震災聴覚障害者対策本部)

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能登半島地震

皆さんもご存知のとおり、昨日午前9時40分過ぎ、能登沖を
震源地とする地震が起きた。
マグニチュート6.9の強度で、奥能登地域(輪島・穴水・七尾)
では、震度6強、その他石川県全域震度4~5に襲われ、
その震動は他県までに及んだ。
金沢で勤めているので、地震の速報が流れるや否や皆さん
からの即座に安否や激励メールやmixiのメッセを沢山頂いた。
この場を借りてお礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
Karryは全然元気ですので、ご安心ください。

実を言うと、昨日は石川県を離れていたので、地震の怖さを
味わっていない。
無事に金沢に戻れるかな?と心配していたが、交通網には
支障がなく、無事に金沢に戻った。
金沢は震度4で、被害は少ないが、奥能登地域は大変な
被害を被っている。
私の職場の県センターは、緊急で「能登半島聴覚障害者災害
対策本部(仮称)」を設置し、その対応に全力で取り組んでいる。
昔に比べると情報獲得しやすくなったが、災害となるとこれは
また別の話になる。
地震に見舞われた方々の心中は気の休まることはない。
奥能登という地に住んでいるろう者、難聴者全員が生活の
面で、より迅速に情報獲得でき、生活の支援ができるように
センターは行政と共に色々と思索を練っているところだ。
センターとしての動きが分かると思うので、ブログをどうぞ
見に来てください。
石川県聴覚障害者センター
http://ishikawa-deaf.cocolog-nifty.com/blog/

最後に奥能登のみなさんの心に一刻も早く安らぎが来ること
を祈ると共に、私も尽力を注いでいきます。

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18ヶ月

こんにちは。
今日の金沢は小春日和で暖かかったのが一転し、雪で荒れ模様。
一夜にして一面雪景色に変じた金沢、季節通りの景色にほっと
させられる。

さて、私の職場(石川県聴覚障害者センター)のブログが出来た
ので、その情報をお知らせしよう。
http://ishikawa-deaf.cocolog-nifty.com/blog/
手話動画ありなので、どうぞご覧くださいませ。

石川県に勤めて、早一年半がたった。
「石川」という地域性から教わることも多くあった。
そして何よりも収穫が多いのは北野雅子施設長のもとでともに
働け、人間性はもとより、施設長としての経営手腕、経営哲学
に大いに学ばされる。

この一年半を振り返ると、今までの固定観念や価値観を覆る
出来事とも出会い、葛藤したときもあった。
しかし、価値観を覆すことは従来の自分の殻を破る大チャンス
である。
長年疑問に思い続けたことを求めて、私は石川へ行ったのだ
から全てを吸収するつもりで考え抜いた。
すぐに答えが出ることばかりではない。
当然ながら、葛藤や苛立ちを感じることもしばしばあった。
そこで私が常に中心に据えていたのが、「苛立ちから怒りへと
転回しないこと」。
ろう者をはじめ、聞こえない人たちは抑圧を受けることに慣ら
されている。そのたびに、怒りへと転回、あるいは無関心へと
歩むかどちらかになる傾向があるように思う。
怒りの感情だけで立ち上がろうとすることがあるが、人間共和
の視点から考えてみると少し違うかなと思う。
怒れば怒るほど、共生どころか分断の層が厚くなるのだろう。
これはろう者のみではなく、マイノリティでしかわからない共通
経験が連鎖を生む見えない文化的背景と私は捉えている。
無知だからこそ人間は学び続ける。
当然ながら私もまだまだ学びゆかねばならない。
「人間」という視点を養うために、様々な人がいて、考えがあって
社会が成り立っている。
出会った人と語りつつ、あわせて「学」を追い求め、生涯学び
続けていきたい。

ここ石川では、今年4月から、スキルアップコース(手話通訳者
養成)と手話奉仕員養成(入門)のろう者講師養成講座の2つ
のモデル事業がスタートする。
石川県ろう協会と協会を支える人たちが長年抱いていた構想が、
一つの形となり、実現されようとしている。

石川県の手話通訳者のスキルを高めるためには、学習・実践の
場を提供することはもちろんのこと、何よりも忘れてはならない
のは、成人ろう者自身の成長である。
それだけは絶対に忘れてはならないことである。
将来社会的価値観が進むことにつれ、研鑽を訛ると、一番苦し
むのは誰か?
成人ろう者自身である。


未来を切り開くためには、幾多の壁にぶつかり、忍耐が必要と
なる。
「○○だから仕方がない」という否定的分析よりも、より建設的
に分析し、かつ地域性(あるいは県民性)を考慮し、その体質
にあった手段を選んでいく。
それがすべてプラス的価値を創造していく。
それが本当の教育の本質ではなかろうか。
本当の主役はリーダー的な人たちではない。
地域に生きる一人一人が本当の主役なのだ。

4月からの事業に向けて、目下準備中であるが、石川の人たち
に恩返しが出来る自分に成長したく思ったこの頃である。
「Karryが探している答えは地方にあるんだよ!」とアドバイスを
くれた石川の友人に感謝してやまない。
ありがとう。

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静枝の優しい眼差し

もう3月になりました。
「金沢は寒いでしょうね?」とよく聞かれるが、暖冬だから、
金沢滞在2年目の冬は雪も数回程度で終わってしまった。
要するに、冬が魅力の金沢を味わえなかったのだ。
金沢人も異口同音に「こんなことは初めてだ」と。
地球温暖化が目に見える形で徐々に現れている昨今、生物
生態の変化や、水不足などこれから先の生活を懸念する。

1月24日昼休みに、私の携帯に1通のメールが届いた。
宝友の野崎誠と佐沢静枝から「元気な男の子が生まれた」と
の朗報だった。
そして、彼らが尊敬している先生に「剛-つよし-」と命名して
もらった。生命の金剛である、「剛」の計り知れない可能性に
今後がとても楽しみだ。

Tsuyoshi1 愛らしい剛の写真がメールで送られてくる
たびに、心穏やかな優しい気持ちにさせら
れる。
おやまあ、目は誠に似ていて、鼻から下の
ほうは静枝にそっくりだ。
今回はその写真を見て感じた思いを書こう。


Shizue_and_tsuyoshi 多数ある写真の中で一番好きな写真である。
(本人の許可をもらってあります)

この写真は母となり、わが子・剛を抱く静枝で
ある。
わが子をいとおしく見つめる、まさに母の優しい
眼差し。母の腕で安らぐ赤ちゃん。
ありきたりの風景だろうが、生命の育みの原点の一コマが
私を感動の彼方へと導いてくれている。

1998年私がアジア大陸を3ヶ月間旅し、帰国した直後に、
私と静枝は出会った。
彼女の健気でまっすぐで無垢な目が印象的だった。
誠とは、2002年静枝を誘った三国志展で初対面を果たした。
名前負けしない誠実な姿が印象的だった。
彼らが夫婦となり、そして今度は、まだ幼さが残る静枝が一つの
尊厳なる生命をこの世に生み出すという偉業を成し遂げた。
母親という偉大な人物は、一家庭を明るく照らしゆく太陽その
ものである。本当に尊敬に値する。
彼ら夫婦にとって、わが子を産み、育て、関わることで、様々な
ことを感じ取っていくことだろう。
そしてものの見方も多角的になっていくのだろう。
誠、静枝、剛から教わることもこの先、多くなるだろうと思うと、
自分の大切な大切な財産が増えた喜びでいっぱいである。

これは誠と静枝ばかりではない。
一個の社会形成の一つである家族を持っている人たちにも
同様に言える。
結婚もしていない私がこんな偉そうなことは言えないが、家族の
愛情は、常に人を大切にする気持ちと報恩感謝の気持ちを
抱き続けることを教え、自分をたゆみなく成長させてくれるの
だろう。
その心が人をそして生命を育てていく基本なるものと私は思う。

最後に、尊い生命を育む1児のパパ、ママとなった誠と静枝より
メッセージが届いた。
「剛は私たちの子どもでもあるが、カリーの子どもでもある。
剛をどうかよろしくお願いします。」


彼らの純粋な気持ちがとても嬉しかった。
彼らなくして今の自分はいなかった。
お互いを大切に思う気持ちがまた「私」を奮い立たせてくれる。
今日もまた頑張ろう。

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大阪国際女子マラソン

大阪城をかける「大阪国際女子マラソン」が来る28日に号砲。
高校時代は陸上に没頭していたから、陸上と聞くと、ワクワク
する。
大阪国際女子マラソンは、世界選手権出場のシート争いでもあり、熱い戦いが繰り広げられる。女子マラソンの選手層が厚くなっている昨今、熾烈を争い、誰が代表権を勝ち取るのか、今から楽しみである。

実は大阪国際マラソンには私にとってもう一つ楽しみがある。
それは、わたしの友人の嶋田裕子さん(旧姓・泉)が出場することだ。彼女は今まで11回出場しており、今年もまた自分との戦いに挑戦する。
現在2時間53分56秒の世界ろう者最高記録保持者でもある彼女は、2006年メルボルンデフリピック(注1)銀メダリストでもある。
彼女の勇姿をずっと見ていたので、今回はその話を書こう。

Yuko 高校卒業したての私と彼女が出会ったのは全国ろう者スポーツ大会。専門種目は違ったが、それ以来友好を温めてきた。マラソンも始めた彼女が、大阪国際女子マラソの出場権を初めて勝ち取ったのが1993年。
それ以来、何度か挑戦を重ねて、記録更新を塗り替えていった彼女。
しかし、忘れもしない1999年の9月-。彼女は最愛の弟・泉宜秀くんを交通事故で失った。翌年の2000年の大会は、亡き弟との誓いを胸に、悲しみを乗り越え強靭な精神で挑んでいった。
その姿を応援するため、私は陸上の仲間たちと大阪へ向かった。スタート地点から10km関門、25km関門、ゴールの四箇所を地下鉄で移動しながら、路辺より声援を送った。
「頑張れ!裕子」「頑張れ!裕子」と。

余談だが、そこで初めて生の有森裕子選手の快走する姿を見た。さすが、2時間30分台の記録をもつ選手。一瞬で私の前を駆け抜いていった。ブラウン管でしか見ていないから、速さが伝わらなかったけど、生だとリアルに肌で感じられた。

ゴールを待つ私たちの前で見事、彼女はゴールした。
タイムは3時間5分31秒。
ランナーの夢であるサブスリー(2時間台)には一歩手に届かなかったもの、当時の日本ろう者の最高記録であった。
「弟が背中を押してくれた。
     弟がそばで見ているような感じがした。」と。
戦いきった姿が何よりも神々しく、印象的だった。
その後、2003年に待望のサブスリーを記録し、更に世界の舞台で銀メダリストとなり、世界走者となった。

その勝利の裏に、様々な困難を乗り越え、どれだけの努力を積み重ねてきたのか。そのにじみない努力が「勝利」を生んだのだ。
彼女の強靭な精神から「不撓不屈」の精神を教えられた。
彼女の飽くなき挑戦を心からずっと応援していきたい。

彼女ばかりではない、一人一人の選手がここまでたどり着くのは並大抵ではない。「天性だ」と片付くことが選手たちを傷つけることもある。
素質を開花させるために過酷な過程と努力と忍耐、自己管理が必須であることを私は知っている。
スポーツ界で頑張る選手たち全てにエールを送りたい。

注1デフリピック・・・世界のろう者のオリンピックの名称

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望郷のクラスメート

Class_2 年末年始は実家のある北海道へ帰り、愛す
るわが家族と新しい年を迎え、そして高校の
クラスメートや恩師、小樽聾学校の後輩たち
と懐かしい顔ぶれと会ってきた。
お袋の味も北海道の味も充分堪能し、なまら美味しかった。
今までとは一味ちがった休暇だったので、心も体も満たされて
いる。しかしながら、心を北海道に置き忘れてしまい、半ば抜
け殻状態・・・(爆)

今年は公私とも色々ありそうな気がして、とても楽しみだ。
特に30代に入ってから、思慮深くなっていき、世の中の法則と
真理を見出せてきたのか、「人」と「時」をより大切にしていこうと
思っている。

「年末に帰省する」と高校時代のクラスメートに連絡したら、あれよ
あれよとプチクラス会と化してしまった。恩師も来てくれて高校時
代の一瞬一瞬が甦ってきたのだ。
当時のクラスメートは10人、その日はなんと6人も集まってくれて
みんな本質は全然変わってなくて、ホッとしたと共に嬉しかった。
その空間だけ時が戻り、言うならば韓流ドラマのワンシーンのよう
な感じだった。みんな、子を持つ親となり、育児や教育、そして各
自の報告に話は尽きず、楽しいひと時だった。
生意気だった私はクラスメートたちと一緒に恩師を沢山困らせた
こともあった。その恩師が私たちと対等に語り合い、真剣に考え
あったりすることはとても不思議なことを感じる。
恩師いわく、あの頃は教師赴任で初めての担任で何もかも試行
錯誤だったと。困らせてばっかりで悩みの種を増やす大変なクラ
スで閉口したそう。
でも、今はみんな成長してきたから、あのときのことも笑い話とな
り、許せるでしょう?ねえ、恩師?

クラスメートだからこそ、本音でスバスバ言い合ったり、過去を暴
かれたり・・・。過去あってこその自分だからね。
それぞ、望郷の友人の特権だ!
「Karryはクラスメートの誇りなんよ」
「Karryは北海道の誇りなんよ」と
いわれると、やはり嬉しくなるし、励みにもなる。
高校卒業と同時に北海道を後にし、大いに吸収してきた私だが、
クラスメートたちに言わせてみれば「随分成長したけど、本質は
変わっていない!」らしい。
今度はプチじゃなくて、クラスメート全員揃ったクラス会がやりた
いね。

みなさん、Karryは健在です!
今年もまた、Karryはやりますよ。

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2007年の幕開け!

あけましておめでとうございます!!

ありがたいことに出会った人たち全てが私の財産である。
しかしながら、いじめや自殺、論争、対立などがある今日、
一人ひとりが出来ることは何だろうか?
世界平和を願う一人ひとりの心とマンパワーの連帯こそが
必要でなかろうか?
平和は決して遠いところにあるのではない。
答えはあなた自身が見つけなければならない。
そして一期一会・・・
私は、「人権尊重」の精神のもと、ソフトパワーで考え抜き、
行動していきたい。

昨年は色々とお世話になりました。
今年もよろしくお願いいたします。

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懐かしい海の香り

昼休みは、北野ママお手製のお弁当をほおばりながら、
NHK連続ドラマを見たり、同僚と雑談したり、新聞を読んだ
りと、過ごしている。

今日は、今年の4月より奥能登常時駐在勤務となった浜野
秀子さんが月1回行われる職員会議のために、県センター
事務所に来た。
地域格差が広がりつつあるこの日本だが、石川県ろう協会は
この問題解決策として、奥能登広域手話通訳・派遣事業を
浜野秀子職員に託し、輪島市、珠洲市、能登町、穴水町へと
配置した。
地域行政の意識を変えていき、地域の牽引役として事業展開
している彼女の苦労は絶えない。
しかし、それが全て自分の財産にかえってくるのだ。

奥能登で生まれ育った彼女が海苔と母お手製のイカの塩辛を
手土産にと持ってきた。
その海苔を一口、口に運んだ途端、輪島を囲んでいる日本海
の波が一瞬目に浮かんだ。波の高波とともに海の香りが口中
に広がってきた。
海苔そのものが存分に感じられる!
海の絶景!磯の香り!海苔の触感!海の三重奏を味わう
ようだった。
あー懐かしいー。海の香りに、ホッと心が温まってくる。

海苔は今まで食べたことがない分厚い海苔だった。
よく見てみると、岩のりが何層も重なって出来ている。
イカの塩辛もゆず、唐辛子、麹等が入っていて、暖かいお袋の
味がする。
私の母もイカの塩辛を作っており、久しぶりに母の手料理、
佃煮が恋しくなった。

今回は、浜野さんのおかげで、海の香りを味わえ、颯爽とした
気持ちのいい昼休みを過ごせた。
彼女は今日よりまた奥能登へ戻られる。
日々、健闘やまない彼女にもエールを送り続けたい。

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一人こそ原動力

随分と更新をさぼってしまいました。汗・・・

あっという間に師走です。秋は様々なことが目白押しで、けっこう
価値のある日々だったと自負しています。
日記も整理し、AP青年キャンプとあわせて徐々にアップしていき
ます。

さて、今回は石川県聴覚障害者協会の機関紙「ろうあ石川」の
宣伝(!?)です。
「ろうあ石川」は当協会の動きや、聴覚障害者センターの業務
報告を始め、各団体の動き、情報提供を主にしています。
聴覚障害者センターだよりの欄では、職員達が交代でコラムを
担当しています。今月は私が担当で、APろう青年キャンプで
感じたことを「一人こそ原動力」と題して書きました。
転載許可をもらいましたので、ここにてアップします。

月1回発行で、購読料は2000円。
郵便振替口座 00790-3-7439 
          社会福祉法人 石川県聴覚障害者協会
興味を持たれた方は早速郵便局へLet's go!!

            「一人こそ原動力」
 第3回アジア太平洋ろう青年キャンプで、14ヶ国41人のろう青年
たちがここ日本・宮崎県に集った。その中には、カンボジアより4名
参加があり、彼らのアドバイザーでイギリスのろう青年、ジャスティ
ン・スミス氏も同伴された。カンボジアはポルポト大虐殺の影響で
教育も生活水準も低く、ろう者はなお更であった。
情報は入らない、聞こえない子どもを家族は隠す、聾学校はな
い、ろう協会も結成されていない。随分昔の日本が今のカンボ
ジアの情勢である。そのカンボジアの復興にフィンランドNGOが
援助をなし、ろう者の教育支援担当を同行していたスミス氏が
担っていた。
キャンプ期間中、右往左往しているカンボジアのメンバーに通訳
や様々なアプローチをして、彼らを最大限にバックアップしていた。
何より、あの若さで思慮深く、常に相手に敬意を示しつつタイミン
グを見計る絶妙な姿勢に、非常に感銘を覚えた。
 彼は現在28歳。フィリピンに3年、その後、カンボジアに渡り、
3年が過ぎる頃だという。彼は遠い眼差しで「母国で培った知識が、
当初はその国に通用しないもどかしさや苛立ちを感じたこともあっ
た。彼らを人間的に成長させていくためには、知識を知恵に転換
しゆく自分の思考力と洞察力こそが必須となる。それを彼らが教
えてくれた。」と語ってくれた。深い共感を得た彼に私は最敬礼を
送った。
 最初はなかなか馴染めずにいたカンボジアの青年たちが、最後
は堂々とみんなの輪に入り、溶け込んでいた。一人の青年が異国
の青年の胸を熱くさせた。10年後、50年後のカンボジアは必ず変
わる。一人一人の援助の積み重ねが思慮、行動、人権運動啓発
への発展につながっていけるのだ。
 わが国も先人ろう者たちの運動のおかげで社会参加の市民権
を得ている。しかし、こういった貴重な歴史がある中、情勢は時代
とともに変遷しつつある。どのようにモチベーションを保てばいい
のか。それは人と人との関わり、内面的なものではないであろうか。
現実の壁にぶち当たる厳しさはあるが、目先にとらわれず、30年
先を見据えたビジョンを立てておきたいと思ったときに、最終的に
人材育成に行き届く。それは将来を担う私たち青年に課せられた
課題であろう。
ろうあ運動も然り、ろう教育も、手話通訳者育成も、次を担う人材
にかかっているのだと思う。

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100歳になった我が母校

幼少の頃、母親の手に引かれて、入船の坂を登ったところに
木造校舎が建っていたのを鮮明に覚えている。
それが私の母校である小樽聾学校であった。
1歳の教育相談から中学3年生まで私はそこに通い続けた。

小樽聾学校創立100周年の式典がこのたび開かれた。
あいにく、私は出席できなかったが、後輩達から興奮やまない
メールが沢山届き、心は小樽聾学校にあった。

聾学校は「耳の聞こえない子どもが通う学校」である。
当時、聞こえない子どもを取り巻く環境は今ほど多様化された
ものではなく、選択肢がなかった。
私は、聴覚口話法で育てられた自分の環境に反発し、「ろう児
には手話と書記日本語教育を!」とバイリンカルろう教育の
活動に没頭した。
しかしながら、何か引っかかるものが少なからずあった。
「自分が育った環境を今のろう児には味わってもらいたくない」
と思うことで、自分を否定しているように感じるときもあった。
様々な葛藤に悩んだ。

手話の環境が少しでもあれば、「運が良かった」のか。
インテグレーションした彼らは「運が悪かった」のか。
成長した今ある姿は運の有無で決まるものだろうか?
それは否である。

今、私は思う。
「今の自分がとてつもなく、大好きだよ」
「KarryがKarryで良かった」
そして、
「あなたがあなたでいて良かった」ということが一番大切
なのだ。

今願っていることは、
聞こえない子ども達が「自分が自分でいて良かった!」と
いうことと、「あなたがあなたでいて良かったね」という当たり
前の優しさを持つことと恩を忘れないこと。
これこそが最も必要なのではないだろうか。

この原点に気づかされたのが、まさに、我が母校・小樽聾
学校である。
私たちは、ここで、他者との関わり方、遊びから学習への
意欲、物事への好奇心、様々なことを学んだ。
もし、小樽聾学校がなかったら・・・?

数々の先輩たち、後輩たちとも出会えることもなかった。
先生たち、寮母先生たちとも出会えることもなかった。
幼馴染たちと沢山冒険やいたずらすることもなかった。
全国各地にいるろう者の友人たちと文通することもなかった
だろう。

周りにいる聴者(聞こえる人)に自分の母校に思いを馳せる
のかと聞くと、そうでもないらしい。
培った青春時代を懐かしく思えても、母校にまで強い思いを
馳せることはないのだという。
私たちろう者は固有名詞「聾学校」に強い思いを馳せる。
心の故郷でもあり、家族でもある「聾学校」。
それはろう者たちの特権かもしれない。

ひょんなことで、mixiで先輩や後輩たちと再会を果たした。
今、はっきり言える。
小樽聾学校で育んだ絆は永遠に続くものだ、と。
我が母校・小樽聾学校よ、万歳!!!

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聞こえない人たちの差異

気がついたら石川県で働き、もう1年たった。
現在、私は聞こえない人たちに関わる生活支援全般を受け
持っている。乳児から老人。ろう児をもつ親、難聴者、中途
失聴者、また聴者とも関わらせて頂いている。

今回は私の業務の一部である「中途失聴者・難聴者の生活
教室」について書こうと思う。
石川県は10の市があり、その中で、中途失聴者・難聴者の
生活教室の事業を行っているのは6市である。それを私の
職場の県センターが委託事業として行っている。
すでに、金沢市、白山市、小松市、加賀市、輪島市はこの
事業を終了し、あとは能美市を残すだけになった。

各市の事業の予算によって回数も違ってくるが、大抵は5回
程度である。
難聴者・中途失聴者の社会参加の促進、相談を目的として
いるので、色々なことを取り入れている。
9時から3時までの間に、手話講座、健康教室(太極拳・料理)
パソコン体験、施設見学、福祉制度の講義、聞こえの個別相
談、社会教養講座、座談会等々のカリキュラムで行っている。
(情報保障として、ループ、要約筆記(OHP)、手話通訳がつく)

参加者は本当に多様多種である。
名目は「中途失聴者・難聴者」となっているが、ろう協会に
属しているろう者もいれば、音を必須として生きる難聴者も
いるし、手話で生きる難聴者もいる。音のある世界から何ら
かの理由で、突如音のない世界となった中途失聴者もいるし、
人口内耳装着者もいる。
加齢によって耳が聞こえなくなった高齢者もいる。
一貫して彼らを「聞こえない人」と指すのだが、生活は音の
聞こえる、聞こえない、また置かれている環境によって大幅に
違っている。
だからこそ、お互いに違いを理解しあわない限り、お互いを
尊重することは難しい。
「難聴者も中途失聴者もろう者もみんな、人間である。」
人間はそれぞれ違っていて当たり前。
それを「差異」という。
「差異」をどのようにみていくかが、私たち人間の行動にかかる。
「差異」が「差別」につながるか、「共存」につながるか。
それは、「人」が好きでない限り、お互いをマイナス評価、
あるいは何かの名称につけて壁を作ってしまう。
どう、最終的にたどり着くのはそれぞれの人間性。
人間性を作るのも、教育である。

生活教室が終盤に差し掛かった頃に、座談会をいつも開いて
いるのだが、「わたしにゃ、手話は難しいと思ってやらなかった
けど、竹内さんと手話を勉強してみてこれは楽しいなあ、手話は
いいなあ。わたしも覚えることにしたよ。」
そういう言葉を聞くと嬉しくなってしまう。

私が常に留意しているのは、ただ任務をやるだけではなく、
どこも同じだが、参加された方が心ゆくまで満足できたかどうか
を考えることと、今ある人材をどのように育成していくべきかを
いつも念頭に置いている。
簡単なようで、難しい。しかし、それが一番大切なのだと思う。

人は言う。
「バイリンガル路線で走ったKarryがどういう根拠で難聴を?」
私は答える。
「バイリンガル路線で走ったからこそ、たどり着く答えもある。
そういう過程があったからこそ、今の自分がいる。
否定なんてとんでもないことだ。」

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おぉこの感覚は!!

石川には「ろうあ釣りクラブ」がある。
高校を卒業するまでは、父と一緒に沖合いで魚釣りをして
きた私。カレイ、あぶらこ、カジカなど・・・
しかし、上京し、仕事はもちろんのこと、休日の環境も変わり、
いつしか趣味も変わり、サーフィン、スノボ、陸上、バスケ、
自転車などに没頭した。

今住んでいる石川県の海は、わが故郷を馳せる日本海で、しかも
魚釣りのクラブがあるときた!すぐ入会!
しかし、入会したものの、なかなか日程があわず、7月、ようやく
イカ釣りに参加させてもらった。
といっても、イカ釣りはまったく初めて。石川では7、8月がベスト
シーズンで、夕方から夜にかけてが絶好の時間帯だそうだ。

日程調整しながら、赤イカ釣りには2回参加してきた。
夕方6時に港を出て(加賀の橋立港、金沢の大野港)、仕立船
を30分ばかり走らせる。そこで、船頭さんより指示が出たら、
釣りが開始される。

船についてあった集魚灯をオンにすると、明かりを求めていた
赤イカが集まってくるそうだ。10数年ぶりの魚釣り、ましてや
初めてのイカ釣り。
私は久しぶりの感覚に興奮してしまい、最初はドタバタ劇だった
が、クラブのメンバーたちがやさしく教えてくれて、鈍っていた
感覚は徐々にとり戻りつつ・・・

赤イカ釣りは魚釣りのように、竿をきびきび動かすとノリは悪い
と教えられたので、私はぐーっとこらえて、握り、竿にずっと注目
していた。
ググッとかすかに動いた!竿を動かしたら、重みがある!
しかし、魚のように引っ張られる反動がない。
戸惑っていた私に、「かかっているから巻け!」と。
言われるがまま、リールを巻いたら、ホントにかかっていたのだ!
何がなんだかわからず釣ってしまったので、そのコツを習得
したく、私は躍起になってまた竿を投げた。

Ika_1だんだんやるにつれて、手際もスムーズに
なってきた。
反動が出たと思ったら、すぐさま竿を動かす。
グーッと重みが乗ってくる。そのままリールを
巻いて浮かせる。
赤イカは海面からあがった途端、墨を吐くので、
吐かせてからスッと引き抜く。
おー、これは楽しいぞ!
ふつふつと今まで眠っていた血が騒いできた。

集魚灯がついているので、色々な魚が浅いところまで浮いて
泳いでくる。
コゾクラ、ヤヨリ、トビウオ等等。
それを眺めるのも一層面白さを増す。
そのとき、遠くに得体の知れないものがどんどん近づいてきて
いる・・・
なんだろう???と注意深く見たら、なんと渡り蟹!!
カニって、泳げたの?
ビックリ!!(みなさん、知ってました?)
カニは横歩きのイメージしかなかったので、一番下について
いる足だけを懸命にこいでいるカニがかわいらしく思えた。

でも・・・・
Kani_1船体に近づいてきたので、「ごめんよ・・・」と
思いつつ、網で取りました。


カニも明かりを求めて、あがってくることを知らなかったので、
夜釣りは色々発見ができて、冒険心をもそそられた。

11時半に船頭さんより、「時間だから、竿を引け」という声で
納竿。
その結果、赤イカ25ハイ、スルメイカ5ハイ、おまけにアジも
3匹釣れた。
こういう日は釣り日和だという。

やっぱり釣れたての赤イカはやわらかく、新鮮で頬が落ちる
ほど、美味しかった。
今度は10月、兵庫にて真鯛に挑戦する。
これも初めてなので、どのような展開があるのか今からワクワク
している。

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一個の生命から想う

石川県ろう協会老人部の方がまた一人亡くなられた。
長い間の闘病生活後、自宅に戻られたその日に、帰らぬ人と
なった。落ち着く我が家で、Tさんを何を見て、何を思い、この
世に別れを告げたのだろうか。

明朗でさっぱりしていたTさんは、出会うたびに私たちに元気を
くれた。
Tさんは若さが大好きで、活動的な人でもあった。
携帯にプチ虫眼鏡を当てながら、メールを読み、一生懸命
返信しながら、「孫に送っているのだ」と豪快に笑っている姿が
忘れられない。

今思い起こすと、Tさんからも色々なことを教えられた。
そのTさんが今は亡き人となった。
そしていつしか回りの人もなくなっていき、わたしもいなくなる。
宇宙の法則には逆らえないものである。
しかし、わたしは不思議なことを感じる。
Tさんから教わったことを、今度は私が誰かと出会い、その
ことを広め、私と出会った人はそれをまた違う人に広めていく。
こうして思想と魂が伝承していく。四次元のようなものである。

先日TVを見ていたとき、東京大空襲で家族全員を失い、学童
疎開で東京を離れた自分だけが生き残ったという女の子がいた。
あっという間のことだったので、遺骨も遺物も見つからなかった。
家族の中には3歳の弟がいた。
その弟が学童疎開で離れているお姉ちゃんへと送ったメンコ
一枚だけが弟の形見として残っていた。
それ以外弟が生きた証がないから、生涯大切にしているという
話だった。

死んでしまえども、生きてきたことは事実。
事の重みが違うかもしれないけど、生命には優劣とか上下とか
は絶対にない。
いなくなることは寂しいものだが、この世界で生きてきたことは
確かだし、Tさんと共に送った時の証は今もなお私の心の中に
映っている。

生命を育む-。

その言葉はとてつもなく重いものだと改めて気づく。
また回りの人たちが去るときがあるだろうが、ゆりかごから墓場
までである以上、生命を育む偉大さをかみ締めていきたい。

過疎化が進んでいる石川。
そして戦争にゆかりの深い8月。
原爆、終戦を思うと生命について考えさせられ、重いテーマ
となってしまったが、人間として避けられぬ課題であろう。

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優しいことは強いこと

私が座右の銘にしている言葉の中に、
「Be strong!」(強くあれ!) という言葉がある。
これは、海外の親友からもらった言葉である。

人間は人との出会いや色々な出来事によって、
「自分」というものを形成していく。
その中でも、困難な出来事には、分かれ道が現れる。
傷つきながらも前進するか、あるいはあきらめて後退するか。
プラス思考にとらえるか、マイナス思考で反撃するか。
その人の性格というより、生命の根底に利己主義か、
人間主義かのどちらかによって行動が出るのだと思う。

一般的に強いということは、「力のあるもの」を指すのだが、
私は内面的なものを考えている。
強くなることは確固たる信念がいるのだと思う。
確固たる信念をもつためには、築き上げられた思想が必要で
ある。
強さとは、柔軟に満ちた思いやりと怒りに満ちた力であると
考える。だからこそ、そこには築き上げた思想が、確固たる
信念が必要だと思うのだ。

崇高な目的を果たすには、崇高な考え方や方法があるはず。
大勢の人たちと出会い、対話し、私はその人たちから多くの
ことを教えられ、学ばされた。
そして、私は確信をつかんだ。
本当の優しさが何かがわかった。
「優しいことは強いこと」
様々な生き方があって、どの生き方も否定はしないが、
これだけははっきり言える。

「Be storng!」
この言葉を送ってくれた親友に感謝したい。
常に報恩の心で接していき、本当の優しさをもち、強い自分で
ありたいと思う。

「Be storng!」
再びこの言葉を叫び、ブログを読んでいる皆さんに送りたい。

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洪水警報

三連休は金沢を離れていたが、友人たちより沢山メールを頂いた。
「石川が洪水に見舞われているそうだけど、大丈夫?」
「心配しているから一報を!」
ご心配いただき、ありがとうございます。

加賀地域方面が洪水に見舞われ、金沢市内は大丈夫だった。
加賀地域に住んでいる友人に、メールで聞いてみたら片山津周辺が
すごかったらしく、友人は無事だった。
一安心したが、自然の力を侮るなかれ。

昨日も一日中雨が降っていた。
昨夜は、大学で講義があったので車で向かったが、ワイパーも
超高速でしか対応できず、自然の猛威を感じた。
講義が終わろうとした頃、洪水警報が遠くに鳴っていると同伴した
通訳者が教えてくれた。
家に帰ると、市役所から災害情報緊急連絡「洪水警報」のFAXが
届いていた。

「犀川の水位が警戒水位を超えました。浸水害、土砂災害に警戒
してください。テレビをよく確認して、今後の気象情報に充分気を
つけてください。特に示野橋より下流の地域は気をつけてください。」


その情報あるなしで、わたしたち耳の聞こえないろう者たちの安全が
大きく左右される。ありがたい情報だと思うとともに、このネットワーク
の体制の良さに非常に驚いた。
この体制も石川県聴覚障害者協会と金沢市聴力障害者福祉協会が
しっかりと基盤を築いてきたからだ。県ろう協会をはじめ、傘下組織、
地域社会の連携の下積みを再認識できた日ともなった。

日本は世界でも有数な自然災害国である。
阪神大震災で多くの教訓を得た今、私たち一人一人が地域に連携
し、緊急ネットワーク体制を作ることが重要となる。
そのためには、県、市ろう協会の力も不可欠だ。
同じ町内で火事が出たとき、情報が入らず、家でのうのうとしていた
ろう者夫婦がいたことも笑える話ではない。
インターネット媒体を使って、ipodやテレビ電話など情報の獲得も
広がっている。しかし、IT社会により、格差社会を生むことを懸念
している。だれもが情報を得られるようなネットワーク体制も組まな
ければならない。
特に高齢者はインターネットといってもおぼつかない。
誰もが対応できるものを考えることが大切である。
それは教育思想にも相通ずる。

「社会先般を見据えて専門性を磨いていこう。
無駄なことに見えても実は重要なことで他にも通用できる。
それが社会で生きる術である」
と。

私が石川へ行こうと考えていたときに、ある方からアドバイスを
いただいた。
地域社会で生きるー。

これを機に、みなさんの地域は、どのようになっているか一度
確認してみるといいかもしれないね。

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辛くてあつ~い福岡

先日、アジア太平洋ろう青年キャンプ(略称・APろう青年キャンプ)に
ついてふれたが、そのAPキャンプ実行委員の一員になった。
先週末にAP実行委員として、ヤングデフフォーラムに招かれ、
福岡へ行ってきたので今回はそのことを話そう。

空港に着いたとたん、福岡の蒸し暑さが襲ってきた。あつ~い・・・
でも、福岡にはおいしいものが多く、福岡県青年部の人たちに
案内してもらいながら、グルメ歩きに色んなものを食べてきた。
一蘭ラーメン、梅が枝もち、八女茶、明太子・・・。

その日の夜は15年来の友人、ヨッシーの家へ泊まらせて頂いた。
わたしとヨッシーとの出会いは今から15年前、北海道でのスキー
旅行だった。そのときはお互いに10代(若かったのね・・・笑)で、
「今」というときを楽しんでいた。
年月を重ねた今、お互いの歩んでいる道が明確になっていた。
彼女は今や、全日本ろうあ連盟の議長になった。
6月に行われた静岡大会で3000人もの人前で堂々と挨拶をした
彼女の姿はとても凛々しかった。
そして、今回、彼女はAPキャンプ事務局長となり、出会いから
15年後に一緒に活動ができる喜びを感じるとともに、彼女から
沢山のことを学びたく思った。

話がそれてしまったが、フォーラム当日は講師として、
「なぜAPキャンプを開くのか」をテーマに、
実際自分の目で見てきたアジアの事情を中心にAPキャンプ開催
の意義を話した。
教育に携わっていることから、教育の必要性は深く感じており、
それをふまえて私の考える基本的人権を述べた。
「教育と福祉の二本があってこそ、人間としての生活の営みが
できるのだと考えている。片方が抜けていてはアンバランスで
あり、常に教育・福祉を念頭に入れながら展開していくことが
大事ではなかろうか」と。

午後は国際手話ワークショップをおこなった。
私は国際手話を勉強して覚えたわけではない。海外を旅し、海外
のろう者と出会い、そこから国際手話を習得した。
詳細は後日に述べるとして、初級をヨッシーが、中級を私が担った。
こうしてフォーラムは、あっという間で終了し、価値のある2日間を
終えた。

講演終了後には、福岡タワーを散策した。
福岡ドームのたたずまいはまるでアメリカを彷彿させた。
おまけに海の香りもしていて、南国のレジャー施設に新鮮な思いを
抱いた。
福岡空港まで見送ってくれたヨッシー、ピヨ、ゆりよしをハグハグし、
石川へ戻った。

福岡はめちゃ、暑い!!
明太子はめちゃ、まいう~!!
あー、しかし・・・・味噌を買い忘れた・・・トホホ
福岡県青年部は個性あふれた人たちで、とても楽しいひと時だった。
また、福岡へ行った節はよろしく~♪

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ブログ一周年

毎日がせわしく、あっという間に夏到来!
石川も梅雨入りでどうしてもバテ気味・・・
石川は涼しいけれど、この梅雨で、やや涼しくベタベタ感・・・
こんな感覚は初めてだぞ(涙)
と言いながらも、Karryは仕事にプライベートに精を出している。

さて、このブログも7月で一周年を迎えた。
週2・3回更新を宣言したもの、なかなかはかどれていないが(汗)、
それにも懲りず遊びに来ていただいた皆さんに感謝です☆
タイトルに「Karry わが道をゆく」と決めたのも深い意味がある。

常に道を開く人でありたい。
道を歩み通す人でありたい。
私の信頼している人たちを、自分を信じてわが道を進んでいきたい。
わが信念は今まで出会った人たちのおかげで築けていけたもの。
支えてくれた大勢の人に感謝をすべく、
人材が人材を作る道を私は歩む。
その意味で、一人一人との呼吸を大切にしながら、しっかりと
大地に足をふみしめ、わたしは「わが道をゆく」と決めた。

文章に書いて表すことは、自分の頭の中を整理する絶好の
プロセスで、ブログはいい機会であった。
今後も継続しながら発信していく。

しゅわえもんの活動も本格化し、石川県の仕事も軌道に乗って
きた。嬉しいことに子どもから高齢者まで、そしてろう者から中途
失聴者、難聴者、聴者と幅広い業務につかせていただいている。
ありがたいことに、こうやって出会った人々によって自分の感性も
更に磨かれていっている。

これからも感謝の思いを抱きながら一日、一日を楽しんでいこう。

P.S しゅわえもんの事業である「てれびえもん」も先日更新しました。
   どうぞ見に行ってください。笑
     www.shuwaemon.org

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100万人のキャンドルナイト

100万人のキャンドルナイト
「電気を消して、スローなナイトを」
http://www.candle-night.org/

これは、2003年よりスタートした環境文化運動の一つ。
6月17日から夏至の21日まで、夜8時から10時の間、電気を
使わず、省エネを行おうというもの。
参加方法は至って簡単で、電気を消してキャンドルを灯せば
OK。簡単だからこそ、共鳴が共鳴を呼び、輪がどんどん広が
っていく。

ふと思った。
このときに、宇宙飛行士が地球を見たらどう感じるのだろうか?
淡く灯る地球。静寂に包まれた地球。
これこそが、本当の意味での自然の美と感じ、美の価値を
改めて発見しえるかもしれないだろうな。

私がキャンドルと聞いて連想するのは、インドの長期旅行中の
出来事。
その日はブッダガヤーへ向かう予定だった。
想像通り、電車は大幅に遅れ、昼に着くはずが、ブッダガヤー
に着いた頃には、あたりは暗くなろうとしていた。
この地は、電気というものをあてにしてなく、所々にしか光りが
なかった。とりあえず、リキシャを捕まえ、予定していたゲスト
ハウスへ向かったが、なんと、そこにはゲストハウスがないと
いう。
「耳が聞こえない。暗くて見えない。光りのあるところに行って
ほしい。」運転手に身振りで伝え、明るい場所へ行き、どうした
ものかと聞くと、
「宿も見当たらないし、危ないから、そこの建物に泊まりな」という。
建物には、何かしら文字が書いてあったが、読めない!!
得体の知れない建物だったらどうしようと途方にくれていたところ、
ロウソクの灯をもって、わたしを案内しようという人が現れた。
やや警戒しながらも中へ入ると、人がぎょうさんいて、びっくり!
どういうところかわからないが、とりあえず、ベッドもトイレも
シャワー用のお湯(バケツ一杯)もあり、金額を交渉し(安い!)
いったんそこに泊まることにした。
電気はなく、ろうそく一本を渡されて、一夜を過ごした。
ロウソクの灯だけで、日記やハガキを書いた。
不思議な感覚だった。
今は原子力発電で電力を作り、電力に頼りきっている。
しかし、その便利さに反して何かが壊れている。
その代償は、年月を重ねてわたしたちに返ってくる。
そういう法則があるんだな。
電気の重みを改めて考えたひと時であった。

翌日、その宿泊先がどんなところか確認したら、
チベット難民を収容するところだった。私が泊まった部屋は、
家族が生活するところだったそう。
朝、部屋に案内してくれた人に、感謝を述べて、後にした。

みなさんも地球に負担をかけないほんの小さな出来事を
共有してみませんか?

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世界ろう者会議(スペイン)

2007年7月、スペインのマドリードで世界ろう者会議が開かれる。
この会議は、4年に一回行われる世界規模のろう者のイベントで
ある。

前回、カナダのモントリオールで行われたろう者会議で、わたしは
「日本のろう教育の現状」と題し、レポート発表した。
日本の実情を話したものの、前回のブログでも話したように、
「井の中の蛙、大海を知らず」という言葉を実感した。
今までの自分の姿勢をもう一度考え直すことができた忘れも
しない大会だった。
あれから三年、あの時の貴重な経験があったからこそ、自分の
視野も大きく広がった。
これもひとえにすべて今まで関わってきた人たちのおかげである。
だからこそ、新たな思いを胸に、スペインへ行こうと思う。

世界各地におけるろう者の生活の実情、人権問題、手話言語の
あり方、どれをとっても、共通点がある。
今、世界では手話の位置づけが変わってきている。
手話をその国の公用語として認めた国もここ数年増えてきている。
日本もそう遠くはないだろう。

最近、私は思う。
自分の損得だけを求めて、結果、何を得るのだろうか?
また、ハードパワーとソフトパワーの持つ意味についても。
たくさんの人と語らい、そしてたくさんの書籍を読みながら、この
答えのヒントを得ていきたいと思う。

来年の大会の宣伝ビデオを友人より教えてもらったので、この
ブログにアップする。
特に驚嘆したのは、アニメーションでしかも国際手話で話して
いる!この技術はすごい・・・・
みなさんも、スペインへ一緒に行きませんか?

世界ろう者会議スペイン大会
http://www.wfdcongress.org/intro/wfdcongress_content.php

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二人の門出を祝して

すっかり遅くなりました。
今回は五月の連休中にめでたく挙式を挙げた我が宝友の
野崎誠くんと佐澤静枝さんのことをアップします!

お天道様も祝うかのように快晴に恵まれた5月3日、大切な
我が宝友たちは、夫婦の契りを交わした。
その結婚式に招待されて行ったが、まずなんと言っても
静枝のドレス姿、すごくきれいで、いかにも幸福そうな花嫁
って感じで、うっとりしてしまった。
誠も、凛々しくて、これから一家の大黒柱の責任を担う、
深遠なる決意にみなぎっていた。かっこよかったな。

また、当日は新郎の友人代表として挨拶させて頂いた。
「親や師匠をはじめ、すべての人たちの出会いや支えが
あったからこそ、今のあなた達がいる。常に感謝の気持ちを
忘れずに、今後出会った人たちを一人ひとり大切にしてほしい。
それぞれ違った環境に育てられた誠と静枝が一個の家庭を
築くことは今までに味わったこともない貴重な経験に出会う。
夫は妻を、妻は夫をたたえ、尊重する精神こそが一人ひとりを
大切にすることにつながる。」
と心をこめて祝福の言葉を贈らせてもらった。

そして、その後に続く、新婦、新郎それぞれの父親の力強い
挨拶にわが子を思う親の思いが深く伝わり、感動とともに
涙が止まらなかった。
こんな素晴らしい両親に育てられた二人なら、絶対に幸せな
家庭を築いていけるだろうと実感した。

Makotosazae01_1 これから、誠と静枝は一つの家庭となり、
新たな道を手を取り合い、歩むこととなる。
私はこのかけがえのない二人のことを、
すべてをこの先もずっと見守っていきたい
と思う。

♡おめでとう♡ 誠くん&静さん

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桜をみてのつぶやき

長らく、更新ができなかった間に、金沢では桜が満開となった。
満開の桜を目にすると、足取りも軽くなり、心も颯爽になる。

桜が咲くこの季節は、新年度として新しく出発する季節でもある。
新年度に入り、覚えなければならない仕事も一気に増えてきた。
Karryならではの新しい取り組みを!と、一つ一つ着実にこなす
ことを心がけている。
しかし、わたしもまだまだ修業中で、当然わからないこともある。
大変だけど、目的があるからこそ楽しいのである。
師匠と仰ぎ尊敬している人の言葉に「目的は行動を生む」とある。
まさにそのとおりだと実感する。

また、わたしが敬愛しているマハトマ・カンジーは、
「この世に静止しているものはない。すべては動的である。
前進がなければ必然的に後退することになる。」
と言っている。

母なる地球も休むことなく、自転・公転を行い続けている。
わたしたちに欠かせないエネルギーである太陽も、休むことなく
照らし続けている。
わたしの心臓も生きている限り、ずっと稼動し続けている。
いずれも目的があるからこそ、どんな障りがあろうが前へ前へと
ずっと進み続けて行けるのだ。

私自身、ここ最近「動」を感じる。
素敵な出会いがあったり、哲学を語る中、自分の考えに刺激を
受けたり、すべてがたゆみなく動いているから、色々なことと遭遇
できる。
それゆえ、人間は成長していくことができるのであろう。

「動」の中で生きるわたしの人生も今後どうなっていくか、楽しみな
もんだ。自分でいうのも変だが・・・。

PS:「音のない世界」はおかげさまで、売れ行き好調です。
   北野雅子さんの人間性は素晴らしいですと言われると、
   本当に嬉しくなる。

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男?女?

春が近づくと、暖かくなったり、寒くなったりの繰り返しとなる。
三寒四温というのだろうか。
春も近づいてきたので、伸ばしっぱなしにしていた天然パーマの
髪をいつものごとく、ベリーショートに切った。

そんなときに、あるろう者の女性から言われた.
「ごめんね。今まで女性だと思ったけど、男性だったのね。」
そのとたん、職場の人に笑われた。
すかさず、私は「女性なんですよ。間違っていませんよ。」と
即答した。
人は必ず、目を点にし、信じられないと表情を出した後、すぐ
私の胸当たりを確認する。
「女性だったのね・・・」と。

私の容貌は男性か、女性か、どうも微妙らしく、人を戸惑わせて
しまう傾向があるようだ。
向こうは気が引けて、気分を害したでしょう。すみませんと、
平謝りするが、そういうことに慣れっこである私は一種のゲームを
楽しんでいる。私って性が悪いのかしら?

センターで勤めたばかりの頃、ある老人と話が咲き、最後に
「奥さんいるか?」
「・・・・。私は女性です。」と話したらびっくりされたこともあった。
そういえば、中国へ2ヶ月旅したときも、女性トイレに入ろうと
したら、思いっきり拒まれ、男性トイレへ行け!!と押し倒された
こともあったし、幼馴染と韓国へ旅行したときも、「かわいい夫婦
ですね。奥さまを大事にしてね。」と日本人夫婦に言われたことも
あったし、銭湯へ行こうとしたときに男性の鍵を渡されたり、
ろう児を教育していたときも、ろう児に男の先生と思いこまれたり
等・・・
書き出したら、ホントにキリがありません!(笑)

でもさ、私は私。
男性だろうか、女性だろうか、KarryはKarry。

人間、外見も必要だけど、一番大事なのは中身なんよ。
私はね、今の自分が好きなんだよ。
それはね、いろんな経験を積み、いろんな人と出会い、いろんな
ことを学べたから。
これからもどう間違われようが、中身を磨き、魅力あふれる私に
していくよ。

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夢広がる絵画交流

アメリカの友よりメールが届いた。
MSD(メリーランド聾学校)と東京の杉並聾学校の間で
絵画交流を行うことができたという。
早速、杉並聾学校のHPを見てみた。
http://www.suginami-sd.metro.tokyo.jp/

微笑ましい風景・・・。
絵を通して、アメリカという海の向こうの風習を知っていく
子どもたち。
雪だるまの胴体が3コ?こうやって作っているのかな?
お互い書いた絵から、世界観がグーッと広がる。

この企画は私の友人が提案したもので、両校の美術の
先生やたくさんの方の協力を得て、実現するまでにこぎ
つげた。
友好を結ぶ姿、子どもたちが喜ぶ姿を思い浮かべると、
私もとてもうれしくなる。
友人の行動が子どもたちへの真の希望を与えていった。
彼女のことを心から尊敬したい。

柔軟な子ども時代に、芸術に親しみ、なじんでいくことは、
成長過程において、とても大切なこと。
子どもたちは絵を見てその場面に留まるのではなく、そこら
から
色々な空想を広げていき、芸術性を高めていく。
自身の世界が広がり、深められ、さらに色々なことに興味を
抱く。子どもたちにとって、こういった好奇心が大切なのだ。

今回の企画が成功するに至り、メリーランド聾学校の先生が
言ったそうだ。
「これからも世界中の学校と交流をもつ可能性は大いにある
だろう。色々な学校と交流できることを考えると胸高鳴る思い
だ」と。

それを聞いた私の友人は
「先生がおっしゃったことは、まさに世界平和なのです!
これこそがこの展示会を企画するにあたった本当の目的です!」
と即答したという。

いやー、素晴らしい!
我ながら、彼女のような友人を持てたことに誇りを感じている。
「皆を喜ばせたい」と思う彼女の心こそ、芸術の心である。

私も小さなことでもいいから、「芸術の心」をもって、何かを
やりたい気持になった。

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イナバウアーができる乳児

幼馴染である早苗に、「私用を済ませたいので、娘の面倒を見て
ほしいと」と言われて、娘の里咲ちゃんの子守に行って来た。
里咲ちゃんはこの夏で、2歳を迎える生まれながらのろう児である。
早苗のご主人も、親も祖父母もろう者であり、「ろう」という遺伝子
が受け継がれているらしい。
家族みんながろう者なので、手話でコミュニケーションを語り、
愛情あふれた家族を築いていっている。

里咲ちゃんは眠くなると、甘えたくなるようで「ダッコ!」とせがむ。
「おー、よしよし」とダッコしたとたん、いきなり、イナバウアー
ポーズを!!
上半身を反らし、腕を大に広げてそこから、色んなものを見る。
生まれたときからの癖らしい。
反らした上半身を戻すと、懲りずにまたイナバウアーをやる。
イナバウアー状態の上半身を押さえながら、ゆらゆらしている
うちに、おねんねしていった。

荒川静香選手がトリノオリンピックで披露したイナバウアー。
実は、里咲ちゃんもやっていたのだ!(笑)
将来、フィギュアスケートにチャレンジするのかな?
早苗は、里咲ちゃんのダッコスタイルを「イナバウアースタイル」
と、名づけた。

里咲ちゃんを産んで、母親になった彼女が言っていた。
手話だけが大事ではない。手話はもちろん大事だけど、大切
なのは、いろんな人との出会いであり、その多くから魅力あふ
れる人間になることである、と。
一緒に学び遊んだかつての幼馴染は、あの頃の幼さは微塵も
なく、尊い生命を育て上げ、社会に貢献しようとするまさに強き
母親になっていたのだ。

そして、今彼女のおなかの中には、もう一つの命が宿っている。
二つの生命を育て上げようとしている、彼女の姿を私は神々しく
思えた。
母として強くなっている彼女を、またすべての母親たちに最敬礼。

人はそれぞれ違った立場で、違った環境で生まれ、育てられる。
みんなそれぞれ違った環境下で育つことで、お互い出会った時、
色々な影響を与え、受けあい、そこでまた両者ともが成長して
いける。
だから、みんな違ってそれでいい。
そこからいろんな連鎖関係が生まれて、色々学ぶことができ、
そこに楽しみが生まれる。

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未来ある中学生

夢多き中学生のKCさんと会い、感動をもらってきた。

思春期に入り、様々なことを感じる多感な時期に、自分の将来、
夢を含め、いろいろなことを感じ取リ、日々悩みと格闘していた。
その彼女にはしっかりとした自分の夢があった。
世界を視野に入れて夢を語るその姿を見ながら、私は彼女の
夢を叶えてほしいとアドバイスを送った。
世界を視野に入れている以上は、英語も頑張って学ぶのだとも
話してくれた。たのもしいな。

語学は重要な力である。
世界に友情を広げ、交流を育むためには、語学は絶対的である。
私たちろう者にとって、手話も書き言葉である日本語も絶対不可欠
であると同様に、海外の人間と触れ合うためには、その国の手話、
国際手話、またはグローバル化となっている書記英語も必要である。
言葉なくして、友情を築くこともできないし、相手から学ぶことも
できない。

そして、彼女は「世界が平和になるためにはどうしたらいいか?」
考えていることを話してくれた。
私は心から感嘆し、心から彼女を応援したくなった。
目先にとらわれがちな昨今、次の世代を担うべく彼女は、命を
見据えて将来の夢のために、今いろんなことに模索しているのだ。
その情熱を感じた。

情熱が歴史を作る。
情熱が世界を変える。

「君には君しかできない使命があるんだよ。」

最初は、悩みでこわばっていた表情が、帰るころになると、大きな
夢を実現するがように笑みが広がり、断固なる決意がみなぎって
いた。
その彼女の表情に、私自身深い感動を与えられた。
ありがとう。いつまでも、応援しているよ。

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偶然の再会

人間はふと、何かを食べたくなる。
私も先日、むしょうに「たこ」が食いたくなった!
本当は、たこ刺が食べたかったが、時間もないので、
たこ焼きで我慢・・・・。
金沢に来て、初めてたこ焼きを食べることに。
本場・大阪がサイコーだけど、ここは辛抱と思いながら、
たこ焼き屋さんへまっすぐ向かった。

メニューを指差しながら、6個入りのたこ焼きを注文
すると、店員が私の顔を見ながら、
「ボクのこと、覚えていますか?もしかしたら、覚えて
いないかも・・・?」と手話で話しかけてきた。

「え?」
店員の顔をじっと見ると、どっかで会ったことがある。
でも、思い出せない・・・。
いちかばちか「プールでお会いした?」と聞いたら、
「イヤ、K大学でお会いしました」と。
アーーーーーーーーーーーー、思い出した!

授業の一環としてK大学の学生さんと交流を図ったことが
あった。
彼はしっかり、手話も覚えていた。
まさかこんな所で再会するとはなあ。
待っている間に、激励のメモを書いて渡し、店を後にした。

ここ最近、このような偶然の再会や出来事が多々起きて
いる。音信不通で連絡が取れない友人と金沢で遭遇したり、
提案しようと考えていたことを相手側から先に提案されたり、
等々。不思議に感じるが、これらには、必ず意味があるのだ
と思っている。

その時は偶然だと思っても、その偶然にもすべて意味が
あるのではないだろうか。
だからこそ、一つ一つの出来事をそのまま流していっては
もったいない!
偶然もその一つ。

私はこう捉えているが、皆さんはどう思うのだろうか。

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今井メロよ、試練を糧に!

HP女子の競技が終わった。結果、中島が最高順位だった。
オリンピックという晴れ舞台、スノボに情熱をかけた彼女たちの
戦いは幕を閉じた。

HP女子選手の中でも、私は今井メロに期待を寄せていた。
我が妹と同じ年齢だというのもあるが、それだけではない。
実は、私とメロちゃんは以前、出会っていたのだ。
確か、私が21,22歳だったかな。スノボのハーフパイプに魅せられて、
毎週末のように、色々な大会に参加しながら越冬していたあの頃。
その大会会場に兄の成田童夢クンと家族と一緒に来ていたメロ
ちゃんに初めて出会った。
メロちゃんは、まだ小学生になるかならないくらいだったように思う。
その大会で入賞できた私に、アナウンスで私が耳が聞こえないこと
を知ったメロちゃんが「お姉ちゃん頑張ってね」と、何かをくれた。
それがどういうものだったか、正直忘れてしまったが、彼女のその
愛らしい姿は、今も私の胸に残っている。

当時からも彼女の滑りぶりに、将来大物になることはびんびんに
感じていた。
その後、私は事故により、すっかりスノボから遠ざかってしまったが、
事あるごとに、童夢クンとメロちゃんの活躍を目に、心からの声援を
送り続けていた。

スノボの人口も増えてきて、スノボに対する情熱もヒートアップして
きている。
より高く、よりかっこよく、技を求める。横回転のみならず、縦回転、
空中回転とやら、技はどんどん進化してくる。時には恐怖心も伴う。
しかし、空中で舞い、技を決めるほど心地よいものはない。

トリノオリンピックでは、兄妹とも、本来自分の持つ力を出し切れずに
終わってしまった。
技術力、体力はもちろんのこと、精神力を鍛えることはアスリートと
しての絶対不可欠な要素である。
メロちゃん、あなたはまだまだ18歳。全ての面でまだまだこれから
大きく羽ばたく人だ。
潜在する才能が無限にあるあなただからこそ、それを開花させ、
「メロウセブン」「メロ900」も進化させ、どんどん新技を開発し、
又、オリンピックで勇姿を見せてほしい。

今井メロよ、自分に打ち勝つために今がある。
数々の試練は自分を強くする最高の材料だからね。
屈託ないメロパワーで、一つ一つ着実に楽しんできてね。

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博士の愛した数式

見てきましたー!
颯爽、崇敬、神秘、慈愛、覚醒、感動、歓喜、興奮。
人間、何かの縁にふれると色んな感情が湧き出てくるという
けど、まさにそういう気分だ。
久々に気持を高揚させられる、素晴らしい映画に出会った。

事故で80分しか記憶が持たない博士と、家政婦、その息子の
√(ルート)との心の交流を描いたストーリー。
大人になった√が教壇に立ち、中学生たちに数学を教える
授業から映画は始まった。
完全数、素数、友愛数とやら、定義がボンボンと出てきている
が、不思議なことに、数学が苦手な私でも違和感を得ず、生活
に身近なものだと感じられた。

eπi + 1= 0
これは博士が愛したオイラーの法則の数式であり、私もこの
法則に純粋に感動した。
1を加えれば、0になる、どうしてこういう証明が成り立つのかー。
数学に疎い私だが、考えてみればわかるような気がする。
無から有へ。有から無へ。
今まで、哲学と数学はそれぞれ独立して成り立ち、それぞれが
宇宙につながっているものと思い込んでいた。
しかし、この映画を見て、哲学も数学もお互いの手を取り合う
ように成り立ち、切っても切り離せない存在であるのだと一変
した。
そしてまた、その根底は生命にありきとも感じさせられた。
パスカルが数学者であると同時に哲学者であったという法理が
今やっと理解できたような気がする。

この映画の中で、もう一つ心引かれたのが、成長した√先生。
この先生に教われば、恐らく、数学嫌いの子どもたちも減少する
だろう。この映画を見終えて、数学に対する魅力を初めて知った
ように思う。

「博士の愛した数式」――本当にお勧めできる映画なので、まだ
見ていない方は、さっそく映画館へ足を運んでね。

「博士の愛した数式」公式サイト
http://www.hakase-movie.com/

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Nさん夫婦

携帯にメールが入った。
誰かと思ってチェックしてみたら、Nさんからだった。

Nさんは隣町に住んでいる元気なろう者のおじいちゃん
である。
「竹内さん、元気ですか?笑顔いいです。ろうあ石川いつ
やりますか?返事まちます。」
「ろうあ石川」とは、わたしの職場であり、彼が所属して
いる(社福)石川県聴覚障害者協会の機関紙で、月1回
発行しているものである。
わたしも含めて、誰もが皆心待ちにしている機関紙である。

「ろうあ石川」の愛読者は全国各地にいて毎月1500部
発送している。そのため、それに伴う発送作業が必須と
なり、その折込作業に、当協会役員、老人部、女性部、
そして手話サークルのメンバーらが手伝ってくれている。
この助っ人メンバーをわたしたち職場では、通称「折姫隊」
と呼んでいる。
なんとかわいらしい名前であろうか。
折姫隊の協力のおかげで、ほぼ2日間で作業を済ませ、
発送できる。

そして、この折姫隊に、おしどり夫婦で有名なNさん夫婦も
参加してくれている。

一緒に作業をしていた時、Nさんの妻が、
「夫はね、わたしがいないとだめなのよ。わたしも夫の
体調が心配だからね。わたしたちは離れて行動した
ことはないのよ。フフフ・・・」と。
はにかむような笑顔でも堂々とわたしに話してくれている。
隣では、Nさんが「うんうん」と相打ちをうっている。
長年付き添っている夫婦の功だろうか。
周りをホッとさせてくれている。

発送作業が終わると、その夜にいつもNさんよりメールが
入る。
テレビ電話もかかってきて、「元気?」「寒いね。風邪は
ひいていないかい?」など、たわいのない話だけれど、
わたしたちは年齢を超えてのやり取りがとても楽しい。
Nさんからのメールが届くと、つい、わたしの顔が緩んで
しまうのも、Nさんの人間性だろう。
Nさん夫婦、いつまでも元気でいてね。長生きしてね。

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面白い絵本

面白い絵本を手にした。

「もったいないばあさん」(講談社)という本である。
本屋で一通り読んでみて、即購入!
まさに自分の祖母そのまんまの姿である。
「もったいないべさ~」と謳うわが祖母が浮かぶ。
否、この本は、日本中の典型的なおばあちゃん精神の
表れだろう。

この絵本を読んでみて、
おばあちゃんの「もったいない」と、私の「もったいない」に
言葉こそ同じだけど、捉え方が違うかのように感じる。
それは色々な物があふれるようになったこの時代を物語って
いるのかもしれない。
「もったいない」こそ、現代に生きる私たちの心を潤わせ、
精神面を豊かにしてくれるプラス的思考の言葉だろう。
しかし、人生まで「もったいない」と縛る必要もないが。

以前にこのブログでも紹介したワンガリ・マータイさん
彼女が国連で講演したのを機に、「MOTTAINAI」精神が
国際的にも広まっていった。
幸い、この本には対訳本がある。
日本のMOTTAINAI精神の美学が絵本を通じて世界の
子どもたちに広まることは喜ばしいことだ。
海外に住む私の友人たちにも送ろうっと。

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日本海の荒波が示したもの

11日間もブログ更新をサボっていました・・・m(_ _)m
思考力が停止していたというのではないが、色々な人と接し、
ますます多くのことに思慮を練っていたもの、なかなかブログ
まで手が伸びずに、11日もたってしまっていた・・・
と、言い訳はこの辺で終わらせることにしよう。

さて、先日、石川でよくお世話になっている方たちに誘われて、
福井の越前へ足を運んだ。
その日はことのほか寒い日だった。
日本海を眺めると、荒れ狂う波が勢いよく岩場に打ち付けら
れていた。ふと、洗濯の泡らしきものがふわふわと舞っている
ことに気づいた。
「洗濯の泡?」
「あれは波の華っていうんだ。めったに見れないものだよ。」
私って運がいい?? 笑

越前では、名物越前ガニをほおばり、日本海の荒波を眼下に
露天風呂に入った。
海を目の当たりにしながら、悠々と温泉に浸かったのは全く
初めてだった。本当に目の前だったので、容赦なく押し寄せて
くる波から細かい波しぶきが風で運ばれて私の顔へと浴びせ
られる。

日本海の荒波ー。
怒涛のごとく波が押し寄せては、岩場に勢いよくあたり、水しぶ
きを作っている。
北海道の大海原に育てられた私にとっては久しぶりに見る風景
だが、新鮮に思えた。
その荒波から私はいろいろと連想していた。
荒れ狂う荒波は、今のこの世を象徴しているのかもしれない。
私は長い間、ろう者について、手話について、ろう社会について
憂い、自分の軸なるものを見失ってしまっていたように思う。
答えも見つからず、出口の見えない長い長いトンネルをくぐって
いるような心境だった。答えがほしい。
しかし、その答えが見つからない。
時だけが、いたずらにも刻々と過ぎていく。
わからない、もう一度ブレーキを踏んで、深く考えたい。
そんな気持ちを抱えながら、ろう児の教育に携わっていた。

そんなときに、縁あって石川で働くことになった。
全く別の地に移り住むことに不安がなかったわけではない。
しかし、今、この地に降りたったことに最大の感謝を覚える。
ずっと模索し続けていた、長い長いトンネルの出口をここへ
ようやく見つけることができたのだ。
(その答えは、長くなるのでまた後に書こう。)

東京で働いていたときの私をことわざで表すのなら、
「井の中の蛙、大海を知らず」
はっきり分かったことは、私は無知で臆病者だった。

教育こそが社会を形成しゆく。
そして、そこで形成された社会が再び教育を作り上げていく。
しかし、今の世の中このサイクルのどこかで歪みをきたし、
荒れ狂う波へと舵がとられているように思う。

荒波を承知の上で、船を進めるのか?
荒波を鎮めてから、船を進めるのか?

社会全体を見据えていくことが大事なんだと分かった今、
私は後者を選ぼう!
日本海の荒波がそのことを示唆してくれた。
ヒントは遠い彼方にあるのではなくて、常に目の前にある
のだ。

私は日本海の波しぶきを心で受け止めて、金沢へ帰った。

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北野大学

また、寒波が押し寄せて,日本海側に大雪が・・・
でも、その雪が太陽の光を反射させてくれて、部屋を明るく
してくれている。

さて、わたしの楽しみの一つを話そう。
夕食は家で食べている。
夕食を食べながら、北野パパと雑談する。
実は、その時間がとても楽しみなのだ。
ニュースを見ながら、今日起きたことをネタに、徐々に話が
展開されていく。

ときには、戦争の話や日本の歴史など、歴史学だったり、
ときには、石川や金沢の話など、地理学だったり、
ときには、星の話や天気予報など、天文学だったり、
ときには、野菜や木の話など、農林学だったり、
ときには、海や魚の話など、水産学だったり、
ときには、人生を深く語り合う、人間学だったり。

先日は、戌年にちなんで、ビクターの会社のシンボルマークが
犬である由来について話してくれた。
パパの話では、ビクターの創始者が犬を飼っていて、その犬が
忠犬のごとく、主人になついていたそうだ。
そのうち、主人が亡くなり、最愛の主人に先立たれ、悲しむ犬が
レコードに録音されたご主人の声に耳を傾けた。
それがビクターのマークに起用されたそうだ。
加えて、昔のレコード屋では、レコードを購入したお客さまには
必ず、犬の像を添えて渡していたのだとか。
ビクターのマークは知っていたもの、こんな由来があったとは!
と、また一つ知識が増えた。

パパは博識で、日々、知識が深まっていく。
いわば、食卓は「北野大学総合学部」ともなっている。
「学は光なり」
北野大学で毎日食べることに、喜びを感じる。

でも、生徒がわたし一人とは、なんとももったいないなあ。
今年は北野大学の生徒を増やしていこうかな。

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明けましておめでとう

明けましておめでとうございます。

「世界を導いてゆくものは、機関車ではなくて、思想である。」
これは、大文豪 ヴィクトル・ユゴーの洞察である。

この言葉になぞらえるように、今年も世から感じたことを
私自身の思想を深めながら、文に書きつづけたいと思う。

まずは2006年のキーワードを「心」と掲げ、出発していこう。
「心」を念頭におき、道を拓く人であり、歩み通す人でありたい。
よろしくお願い致します。

今年一年、このことを全うできるように、ブログもどんどん発信
してまいります!
また昨年同様、みなさんから色々なことを教えてもらい、一緒に
考え、語り合いたいと思いますので、今年もどうぞよろしくお願い
いたしますm(_ _)m

最後に、2006年は皆さんにとって多幸な年となりますように・・・。

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宝友たちよ、多幸あれ!

25日に大切な我が宝友・マコとサザエが皆に祝福されながら
入籍した。
私は、彼らに何度も助けられてきた。感謝してもし尽くせない。
様々な波浪があったとしても、私達の絆は固く、深く絶対に
切れることはない。
私たちは心から信じあえるそんな関係である。
あなたたちに出会えて本当に良かった。そして、ありがとう。
今度会うときは、夫婦として会うこととなる。とても楽しみだ。
妻としての責任、夫としての責任をこれから担い、一つの
家庭を築く彼らに多幸を祈るばかり。
彼らなら、夫婦一体となり、どんな困難でも乗り越えていける
であろう!
本当におめでとう!

それから、もう一つ。
先週も、別の宝友・ぴのごんが結婚し、その挙式、披露宴に参列
してきた。
彼女の人生で幸せなときを一緒に味わえ、幸せをお裾分けして
もらえた。そして、友人代表としても祝福のスピーチを真心こめて
送らせてもらった。
年のせいか?
最近、友人代表としてスピーチをやらせてもらう機会が増えて
来た。ある友人から指摘されたのだが、スピーチ中、私の手は
震えているという。よくよく考えてみるとそうかもしれない。
手の震えは、緊張からではなく、宝友の幸福を心から喜び、
気持ちがこもりすぎて、手にあわられ、震えてしまう癖がある
ようだ。
みなさんも、そういう経験あります??

「喜」と締めくくるにふさわしく、宝友たちの結婚で幕を閉じつつ
あるこの1年。残りわずかになった2005年を最後の最後まで
「喜」を満喫していくぞ!

マコ、サザエ、ぴのごんよ、新たな二人三脚の人生の門出に乾杯!

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金沢の雪

snow 今日も雪がこんこん降り続いている。

雪が降ることで、最近は、仕事が始まる前に、
雪かきをするという業務が始まった。
そのせいで、私の体も筋肉痛・・・
といいつつ、雪かきは運動不足を解消できる
から、まっいいか。

今思えば、雪国育ちとはいえど、高校を卒業と同時に、上京
したから、雪国で仕事をするのは初めてだ。
だから、この雪かき業務も新鮮な気持ちになる。

いざ、雪かきをすると、北海道で雪かきをしていた頃のことが
みるみるよみがえってきた。

「雪は重い!」

そうだった。雪は「軽い」ものだけでなく、「重い」という形容詞も
使えたんだった。
金沢の雪は、水分を多く含んでいるぼた雪だから、積もると
余計に重く感じたのかもしれないな。
長い間、空白だったが、体がしっかり覚えていて、雪の重みを
体感しながらも懐かしさを感じた。

この寒波で、筋肉痛になったものの、毎日絶景な雪景色が
みれほくほく!
機会あれば、みなさんも雪かき体験+絶景!雪景色観賞に
いらしては?

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今年の世相漢字

今年の世相を象徴する漢字が清水寺にて発表された。
今年の漢字は「愛」だという。
児童の命がたやすく奪われ、おかしな世の中に「愛」と
掲げたことに、なんだかなあと違和感を感じたのは私
だけではないだろう。
しかし、理由を見てみると、紀宮様のご結婚、愛子さまの
活躍のほほえましい成長、愛知地球万博、それに、最近
愛情が足りないから事件が多発しているという意味も
含めてのことだそうだ。
心が痛む事件もあったが、心和むニュースもあったことも
確かだし、「愛」がふさわしいのかもしれない。

私自身、自分の1年間を振り返ってみて、漢字を一文字に
表すのなら、どういった漢字になるのだろう・・・と考えてみた。

「喜」の一文字に尽きる。

今年一年間は自分自身の中でも大きな過度期となる年だった。
様々なことがあったが、おかげで色々な人と出会え、学びあい、
語り合えた。
関わった全ての人に感謝と尊敬の意を持てるようになった。
それにより自分も相手も大きくなれたことに、一番、
感じている。
そればかりでなく、周りの友人が相次いで結婚、出産などの
喜ばしいニュースばかりだったし、日本海ならではの、石川
の魚も口にしているから、喜び倍増!

友人や職場の人たちに聞いてみるといろんな答えが返ってきた。
「催」「老」「躍」「夢」「動」・・・・
一人一人、それぞれ何かを感じながら、
一年を過ごしたのかなと思う。

みなさんもこの一年間を漢字に表すのならどういった漢字に
表すのかな?? 興味シンシン・・・笑
http://www.kanken.or.jp/frame/2004kanji.html

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かた雪かんこ、しみ雪しんこ

snow ここ金沢も冬が本格的になり、今日も雪が
降っていて、心躍ってしまった。
生まれも育ちも北海道の私は、冬の寒さを
有意義に親しんでいる。東京に越して、東京
の冬に慣れるまで数年かかった。
雪があまり降らないことに、冬をなかなか
満喫できなかった。

ここ金沢に降る雪を見ていると、思わず、宮沢賢治の造語
「かた雪かんこ、しみ雪しんこ」がふと頭にうかぶ。
金沢は豪雪地ではないので、かた雪でもしみ雪でもないかな。
もう少し、見てみよう。

「かた雪かんこ、しみ雪しんこ」という言葉は、宮沢賢治の
「雪わたり」の一節にあった。
狐の紺三郎と、人間の四郎とかん子の兄弟の心温まる友情
物語である。
「キック キック トントン」心弾む軽快な音を耳に、いつしか、
昔のことを思い出していた。弟と一緒に雪で遊んだことや、
おばあちゃんの山に登りながら、真っ白に広がるきれいな
雪原に、自分の好きなように足跡を作ったり、歩くたびに、
雪の音が体に響いていて、所々違っていることも発見して
いったり。
雪の上を歩く、この快活な気持ちは雪と戯れたことのある人
でしか知りえないだろうな。
「雪わたり」を読むと、宮沢賢治は子ども心をうまくつかみ
とっている。そして、自然の中に生きているということを改めて
私たちに気づかせてくれている。

そして、この物語にはもうひとつ大切なことを示唆している
ように思う。
「狐はうそをつく」と人間たちに広まり、人間はその噂を信じた
ままでいる。しかし、狐の紺三郎と接した四郎、かん子は「狐は
うそをつかない」と自分の目で、判断していった。
四郎、かん子は相手を信じることによって、この悪循環を断ち
切ったのだ。
悪循環を断ち切ることは、誰かがやることではなく、自分の胸中
次第なんだと思えたストーリーだった。
私たちのいるこの世界でも言えることだ。

みなさんも、ぜひ読んでみてはいかが?
あー、子どもたちに、絵本の読み聞かせをしたくなる本がまた
一つ増えた。とても楽しみだなあ。

P.S しばらく更新ができませんでした。
   懲りず遊びに来てくださった方、ありがとうございます。

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もも絵、受賞される!

_007 11月17日のブログ
「加賀友禅に生きる友人」で紹介した
もも絵の作品「市松取りアネモネ」が、
23日~28日に開かれた、
加賀友禅青花会創作展で
青花会長賞を受賞された。

おめでとうございます!!

青花会とは、賀友禅作家に師事する若者たちが、
作品を制作し発表する場で、毎年1回この時期に
開催されている。
去年も受賞されたと聞いたので、その作品を
今度このブログにもアップさせてもらいま~す。

石川には意外と、伝統工藝に生きるろう者が多いことに
驚いた。加賀友禅をはじめ、輪島塗、山中塗、九谷焼。
芸術を極める人たちから学ぶことも多いこの頃。
伝統を保ち続けることは、本当に大切だと思う。

最後にもも絵、本当におめでとう!o(^^)/

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母の涙

聞こえない子どもをもつ母から、ある話を聞いた。

子どもを定期的に病院に連れて行っているが、
ある時、泣き止まないわが子に対し、医者から怒鳴られ、
それから、病院へ行くのに気が引ける。
それでも、行かねばならない、と言う。

その話を聞いたとき、自分の昔の出来事をふっと思い出した。
忘るることのない母の涙。

いつだったか忘れたけど、確か中学生だったかと思う。
胃に激しい痛みが続いたため、母は私を病院に連れて行った。
しかし、胃の痛みに波があり、医師に見てもらうころには
痛みが引いていた。
さっきまで、胃がキリキリするような痛さがあったけど、今は
引いている、と医師に病状を説明した。
医師は触診で私の腹部周辺を触りながら、「痛いか?」と
聞いた。今は痛みが引いているので全然痛くないと答えた。
そしたら、医師は突然、フッと笑いながら、母に向かって何か
言い始めた。
すると、母の顔がだんだん険しくなっていくのがはっきりと
わかった。そのあと、医師と母は口論のように、言い合いに
なっていった。温厚で、ちょっとおっちょこちょいの母が真顔で、
医師に詰め寄るように何かを言っている。
当然ながら、私はろう者で、母と医師とのやり取りが耳に
入らない。目から得る情報で何が起こっているのか覚ろうと
していた。と、突然、母が涙を流した・・・・
涙を流しながらも、なおも医師に何かを言い続けている。
しかし、医師は貸す耳もなく、母に返答しなくなった。
看護師が「どうもすみません」と言うのが読み取れ、その後も
看護師だけは、母にしきりに謝罪をした。

母は「出よう。他の病院へ行こう」と、私たちは病院を後にした。
異様な雰囲気が漂い続けた診察室を出ても、母は泣いている。
後味の悪い病院だった。

私は母に聞いた。私の大切なお母さんが泣いている・・・
「私の答え方が問題なの?
医者はお母さんになんて言ったの?」と。
母は私に答えた。
「痛くないと言っているし、なぜ病院に連れてきた?
親子のコミュニケーションが通じていないじゃないの?
と医師は言っていたのよ。
そして、医師は大切な娘、そのものを冒涜した。
娘が耳が聞こえないから馬鹿にしたのではない。
医師の人間性に問題があるのよ。
医師はね、私たちの体を治してくれる立派な職業だけど、
人間として生きるあなたを馬鹿にした。
だからお母さん怒ったのよ。」
そう言った母が流した涙は悲しい涙ではなく、悔し涙だった。

わが子の耳が聞こえないからとお母さんたちが引け目を引くの
ではなく、わが子を一個の人間として扱ってほしい。
医師も人間、すべてが正しいわけではない。
聞こえないとか聞こえるとか浅はかな視点で判断するより、
医師に、子どもの気持ちを、そして雰囲気をキャッチする能力
がなかったと私は感じた。
医師は、人を一人の人間として、診なければならない。
しかし、心無い医師は、自分のプライドばかりに気をとられ、
人間というより、聞こえることを優越と考え、聞こえないことを
劣等としている。
その誤りにより、適切な診断を下せない。
そのことに、聞こえない子どもをもつ親も、もちろん聞こえる
子どもをもつ親もすべての親が気づいてほしい。
わが子を、一人の人間として、尊重し、その子どもにあった
適切な治療を受けれるようにしなければならない。
ろうの子どもとは、通じ合えないと決め込んで、子ども自身に
質問しても、意図する答えが返ってこないと思い、子どもの
声には耳を貸さない医師もいる。

こうした医療現場での問題を母親自身だけで、抱え込まないで、
同じ経験をもつ親や関係者みんなで相談しあい、子どもたちを
育てていくことが大切だと思う。
私もそういった場へ出向き、参考になればと自分の体験を
語っている。

私は改めて、母が流した涙を考えた。
母は娘の私が聞こえないことで悲観的になったのではない。
むしろ娘の私をろう者というより、人間としての私を見ていたのだ。
誰だったかの至言か忘れたが、
「人間、原点に帰れ」それを思い起こした。

お母さん、ありがとう。

(追伸)もちろん、心無い医者だけでなく、きちんと子どもに向き
合ってくれる医者も数多くいるということを付け加えておきたい。

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加賀友禅に生きる友人

過日、友人のもも絵より
「私の作品が加賀友禅会館に展示されているので、よかったら、
見に来てくれない?」と誘いを受け、金沢伝統の加賀友禅に
触れてきた。

_009_011





会場に入ると、見渡す限り、色鮮やかな着物や帯が展示されて
いた。
彼女の作品は、「市松取りアネモネ」というもので、アネモネと
ぜんまいをモチーフとして、一つ一つ丁寧に描かれていた。
ぜんまいは淡く青緑かかっていて、アネモネとの絶妙なバランスが
目を惹く。
彼女の作品をはじめ、さまざまな作品を見ながら、本物の加賀友禅
の巧妙な手法に、日本の伝統ここにあり!と感動を覚えた。

加賀友禅を十分に堪能した後は、二人で、自転車をこぎこぎ、
小立野のおでん屋「若葉」に行った。おでんは、冬の時期限定と
いうイメージがあるが、ここ金沢では年中食卓にお見えする、
定番料理だそうだ。
出汁も素材も一つ一つしっかりしみこんでいて、おいしくて
たまらない。

おでんを食べながら、いろいろな事に話が咲いた。
加賀友禅の作り方や、その道に生きたきっかけ、また全青研の
実行委員から得たもの、お決まりの哲学、そしていつしか恩師の
話へと移り変わっていった。

「名古屋人であるもも絵が、なぜ、加賀友禅を選んで、この道に
生きたのか」との私の問いに、彼女は微笑み、

「すべては恩師にある。恩師が道を切り開いてくれた」と。

恩師の慧眼が、もも絵の才能を開花させたといっても過言では
ない。
筑波技術短期大学で、人生を左右する恩師と出会い、彼女の
才能を見抜いたその恩師の助言で、金沢美術大学へ進学する
ことになる。そうして、加賀友禅へ生きる道が彼女の前に切り
開かれていったのである。

私にも岐路に立たされたとき、進むべき正しき道を示してくれた
恩師と呼べる人たちがいる。
そして、生涯追い求める師匠もいる。

もも絵も私も
「恩師にどういう形で恩返しすることが最高なのか?」と同じ思いを
持っている。我らが恩師に喜んでもらえるには。

人々は「わたし」を見る。
そのとき、どう、判断されるかは世間の自由。
だが、恩師が悲しむようなことだけは、絶対にするまい。
自分が大きく成長していくことにこそ、恩返しができるのではないか
と思う。

彼女と対話をしながら、たゆみなく自らを向上させようとする彼女の
強靭な眼に、まだ見ぬ恩師だが、恩師の偉大さが映し出されて
いるようであった。彼女は、着実に恩返しをしていっている。
私も恩師、師匠に応えていける自分になろう。
そう思えた一日であった。

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庶民の台所

私は近江市場の目と鼻の先に住んでいる。
金沢市民の台所・近江市場は、金沢市民の生活が垣間見れて、
なかなか、楽しいところだ。
そういえば、北海道の実家も、市場に近かったので、よく足を
運んだ。
そして、海外へ旅行するときも、必ず、現地の市場へ行く。
その土地の生活文化や呼吸を肌に感じることができ、楽しい。
前置きが長くなったが、土曜日、時間を見つけては、必ず、
近江市場へ行く。

目的は何かって?
それは、魚を観察することだ。

北陸の魚は全体的に、白身の魚が多く、淡白な味が多いように
感じる。そんな中でも、今の時期だと、脂ののったブリが旬だと
いう。ブリ大根がなかなか、まいう~!
北海道では見たことがなかった魚が色々ある。
「のどくろ」「めぎす」などなど。

以外だったのは、甘エビがなかなかおいしい!

とろけるような甘さというか、なんといっても活きのよさが違う。

そういえば、11月に蟹が解禁されたので、本場北陸沖の蟹を

今度、味わってみようっと。

魚は、当たり前だが、どれもこれも新鮮!

目もうろこも生きている、光っている。

魚好きの血がさわいで仕様がない。笑

魚好きになったのも、父ちゃんの血を受け継いだからかもしれない。

高校を卒業するまで、私は父ちゃんについて、魚釣りによく行って
いた。

「これはあぶらこだよ。」

「これはカジカだ。刺身では食べれないから、煮物で食べるんだよ。」

「かれいをぎょうさん釣って、母ちゃんを喜ばせよう!」

父ちゃんに色々と教えられた知識が、魚を見る目を養ってくれた。

今、こうやって魚を見ながら、その時の記憶がよみがえり、良い判断

材料になっている。

石川には、「ろうあ釣りクラブ」がある。

メンバーのNさんから、魚釣りのコツを色々伝授してもらっている。

「つり竿にピピッとかかったら、一旦あげる。
釣竿にかすかな振動が
伝わったら、引き上げる。

ただし、引き上げるときに、微妙な違いがあるんだよ。

少し荒いようなら、それはさわらだ!
さわらは歯が強暴だから、さっと
ひきあげるんだ。
ゆっくり引き上げると、針が食いちぎられ、針がだめになる。

手間がかかる魚なんよ。」等々、
その話に惹かれ、
今度、一緒に、魚釣りへ行こうと約束した。
楽しみだな!

とにもかくにも、日常の喧騒さがにぎわう市場、魚釣りと、
私の性にあっていて、
ここ石川を満喫している。

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全青研

日本ろうあ連盟青年部の行事の一つである
全国ろうあ青年研究討論集会が金沢で行われた。
岡山で開催された全国障害者スポーツ大会と同じ日程だった
せいか、230人と平年に比べ、人数は少なめだったが、その分、
内容の濃い討論集会になったように思う。

分科会は、8つに分かれていて、私は国際協力を申込んだ。
JICAより研修生がこられており、参加者は慣れない国際手話
ながらも真剣に、質問しあい、検討しあったりした。
私は、実行委員という立場上、全部を見ることはできなかったが、
各国が抱える真情を知ることもできて、世界に視野を広げて、
今後も頑張っていこうと新たな決意ができた。

さて、さっきも少し触れたが、現在、開催地の石川にいるので、
今回は実行委員として参加した。
最近よく、若者の青年部離れが著しいことが悩みの種と聞くが、
ここ、石川には無縁のことではないかと感じた。
今回の実行委員には、30人の青年部が大結集し、全員で運営
していった。
人材が豊富なことは、アットホームな石川の県民性だろうか?
青年部長の温厚な人柄やお互いを支えあうチームワークの良さ
からも磐石な青年部をうかがい知ることができた。
一人一人が担うべく仕事を全うし、涙あり、笑いありで、石川なら
ではのチームワークで全日過程を乗り切ったことに、喜びは大きい。

一つのことを成し遂げた喜びや、達成感は、同じ苦労をともにした者
たちの間に、新たな絆を作る。
これを機に、青年部がさらに大きく飛躍していければと思う。

すべてやり終え、帰宅し、簡単な夕食を取り、バタンキュー!
疲労感がまだ漂っているが、貴重な経験を糧にして、今日よりも
明日、前へ前へ進もうっと。

来年は、アジア太平洋ろう青年キャンプも兼ねて、宮崎で行われる。
楽しみが倍増となってきたぞ!

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秋!秋!秋!

早いもので11月!本格的な秋到来!
四季の中で、一番好きなのが秋である。
秋といえば、芸術の秋、スポーツの秋、食欲の秋。
秋にふさわしく、私は暇をみては読書に励んでいる。
とはいいつつ、もともと、読書は好きだから、そうでもないか。笑
時には漫画を読んだり、小説を読んだり様々な書物に触れている。

最近、読んだものとしては、「わが父・魯迅」である。
作者は魯迅の息子・李海嬰氏。
以前、中国を旅したとき、上海で魯迅記念館へ足を運んだことが
あった。
今まで私の知る魯迅といえば、医師を志し、日本に留学したが、
太平洋戦争で同胞が苦しんでいることから、文学者に転向し、
活字で世論と戦った偉大な文学者だということだった。
しかし、息子の目から書いたこの本を読んだときに、とても親近感
を感じた。

「私はひょんなことからこの世に生を受けた。両親が避妊に失敗
したので
ある。産んだものかどうか、ふたりで相談しあった結果、
私はそのまま
母の胎内に留めおかれることになった」

との冒頭で始まり、李海嬰氏から見た父・魯迅を語り、父の死の
疑問や
大文化革命など、さまざまな波浪で、辛酸をなめた息子の
立場の目線で
書かれていていとても考えさせられた文書であった。

その他、色々な書物を読みつつ、
現在は友人の勧めで「大江戸生活体験事情」というものを読んで
いるが、これもなかなか面白い!
シリーズ刊となっていて、
「大江戸えねるぎー事情」、「大江戸テクノロジー事情」、
「大江戸リサイクル事情」、「大江戸ボランティア事情」
「大江戸えころじー事情」
と続き、
日本人の原点に立ち返ることがキーワードになっているように思う。
興味ある人はぜひ、読んでくださいね。

それからそれから、
明日より6日まで、全国ろうあ青年研究討論集会が石川県金沢市で
行われる。
全国から、ろう青年たちが集い、テーマのもと、議論し合う
企画満載で、
とても、楽しみだ。

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黒人公民権の母よ、永遠に

24日アメリカの黒人公民権の母・ローザパークス女史が永眠
された。
老衰による逝去だったそうである。

私が黒人公民権運動について詳しく知ったのは、映画
『ロング・ウォーク・ホーム』であった。
そして、私の母校である創価大学で、女史の功績があげられ、
彼女について学ぶ機会に触れた。

黒人差別がまかりとおっていた時代、アメリカでは、生活上、全ての
ものが黒人用、白人用と隔てられていた。
1955年12月、モンゴメリーのバス車中でその出来事は起こった。
仕事帰りの彼女は仕事の疲れもあり、空いている席に腰掛けて
いた。
その頃は、白人に席を譲らなければならないという法律があり、
アフリカ系アメリカ人の彼女も当然、席を譲らなければならない立場
であった。
しかし、彼女は仕事の疲れや日々の不当な人種差別に疲れ果てて
いたため、席を譲ることに「NO」と発した。
勇気ある、静かなるこの叫びが、仲間達の「しかたがない」という
あきらめの闇を打ち破る夜明けとなった。
仲間達の共感が、バスボイコット運動に広がり、マーチン・ルーサー・
キング牧師を中心に公民権解放運動に展開した。

女史の勇気ある一言が波紋を呼び、ついに、合衆国最高裁判所で
人種隔離は憲法違反と歴史的な判決が下った。
こうしてアメリカの歴史に貴重な一ページが刻み込まれていった。
たった一人の婦人がアメリカ全土を動かしたのだ。

自分を大切にし、人を大切にする。
そこに、「人権」の出発があるのではないだろうか。
反対に、自分を高めようとせず、人を貶めようとする傲慢から、
差別は生まれる。
傲慢は“自信のなさ”の表れでもある。
彼女は絶対に「差別の心」を植えつけてはならないと未来を生きる
子どもたちの育成にも力を入れていた。
彼女の信念からまた多くのことを教えられた。

毅然と信念を貫き、権力への魔性に悠然と立ち向い、わが道を
全うした彼女。
彼女の素晴らしい人生に敬服し、冥福を祈りつつ、合掌・・・

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石川とわたし

最近、何人かの友人より宅配が送られてきた。

本をプレゼントされたり、寒い石川で腰を痛めないようにとクッションを

送ってくれたり、おいしいお米や野菜、産地の名物を送って
くれたり・・・

この場を借りて、「ありがとう」

温かい心がうれしい。離れていても心はいつもそばにある。

小さな幸せをありがとう。

ある倫理学の本に、カントについてこう書かれていた。
カントは20代、30代の時には、ひたすら知識を求め、自身も
「根っからの学者である」と自負していた。
しかし、40代になり、ルソーの教育書「エミール」と出会い、カントは
自身の
うぬぼれを痛感させられることとなる。
「ルソーが私を正してくれた。幻惑的な特権(知識人だけが偉いと
いう特権)は
消滅し、私は人間を尊敬することを学んだ」

彼の経験に共感を得ることがある。
彼はルソーによって触発され、人間として
正しい幸福を感じ取ること
ができた。
私はろう者である。しかし、それ以前に人間である。
長い間、「人間とは」「手話とは」という答えを探し求め、葛藤しながら
悩み続けてきたが、
石川に来て、やっと氷解できてきたように思う。
長い年月がかかったが、決して遠回りではなかった。
石川は「わたし」を求めてくれていた。
そして、私も「石川の人と地」が必要だった。

エリートを育てるのではなく、人間を感じさせる人材を。
人間性あふれ、人の心がわかるリーダーを育てていきたい。
そのためには、私自身が、しっかりと二本足で大地に踏み立ち、
確固たるものをもって、みんなに接していかなければならない。

ろう者をろう者としてみるのではない。
人間を人間としてみる。
このことがはるかに重要なのだと、石川でそう確信をもつことが
できた。

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青春とは何だろう?

ロッテが日本一に!

私の記憶では、ロッテは弱小というイメージだった。
でも、バレンタイン監督になり、本拠地も千葉へ移ってからという
もの、とんとん拍子で日本一となっていったように思う。

ロッテが優勝したから、ガムはバーゲン対象となるのかな?
梅味のガムが大好きな私なので気になる!
韓国のソウルのロッテデパートもバーゲンの対象になるかな?

それはともかく、私の父ちゃんはアンチ巨人だったけど、私と弟は
巨人を応援していた。
ウォーレン・クロマティが在籍していたときや長島監督が指揮を執り
松井が在籍していた巨人は最絶頂だったな。
しかし、それも、松井が大リーグに移籍してから、いつしか興味を
示さなくなってきた。
強い選手を揃えて、競うよりも、私は、それぞれの選手の持ち味を
生かす戦法が好き。
だからかもしれないが、プロ野球よりも、高校野球の甲子園に純粋に
胸を打たれる。
「全員野球」「一時を大事にする」その精神や、行為がすごく伝わる。
野球を仕事にする前に、野球に青春をかけるという思いが甲子園を
沸き立たせるのだと思う。

青春は、一般的に20代前半までをさしているのかもしれない。
しかし、思うに、あの時は若かったとか、苦い青春だったとかとよく
耳にするが、
年齢に青春の境界はないのではないだろうか。

私の知っている長野にいるろう者のおばあさんは
「私たちはね、おばあさんと孫のような年齢の差だけど、私はね、
毎日が
青春なんだよ。若いごろのように、あまり無理なことはでき
ないけど、人生はね、生涯、
建設なんだよ。それが青春!
頭がいいとか、わるいとかは関係ないんだよ。人間としてどうかで
決まるんだよ。
青春はね、自分の心が決めるんだよ。」という。

青春って一生、味わっていけるものなのだと改めて考えさせられた
言葉であった。

ロッテの優勝の話から、青春というテーマの話まで至り色々なことを
考えたが、
何はともあれ、31年ぶりの日本一おめでとう!
あまりにもあっけなく日本シリーズが終わってしまったが、
来年は古田ヤクルト、原巨人、野村楽天の動きも楽しみなもんだ。

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毎朝の出勤で

めっきり、肌寒くなりましたね!

ここんとこ、何かと慌しく、更新が遅れてしまっている。

週に2,3回は更新するぞと意気こんでいた私だが、今週はまだ
一度も更新していない!

やば!

頑張って、更新していくので、見守ってください。

毎日更新している人が羨ましい!笑

私は毎日、職場の石川県聴覚障害者協会センターまで自転車で

通勤している。

兼六園を隣に、街路樹に囲まれながら、スィスィと進んでいる。

職場は、家から見てちょうど東側にあるので、朝日を真っ向から
浴びながらの自転車は本当に気持ちいい。

ここ金沢は、朝が暖かくて、夕方からはかなり冷えてくる。

朝夕冷えるのが普通だが、朝が暖かいのは石川の特徴かと同僚に

きくと、温暖化のせいか、今年の気温はおかしいのこと。

そういえば、北海道も今年は東京ほどではないが、猛暑だった

らしく、この夏、今までにない勢いでクーラーが売れたそうだ。

その北海道もようやく、紅葉が始まったそうだが、金沢にはいつ

紅葉がくるのだろう。

紅葉を心待ちにしながら、自転車をこぎ、職場へ向かうのも楽しみの
一つである。

さて、職場の施設長で、石川の母でもある北野雅子さんが季刊みみ

MIMI秋号に掲載された。

北野さんの人間性が彷彿されていて、読んでいても暖かい気持ちと

なる。ここ石川では北野さんを慕う人が多く、「石川の母」という

言葉がまさにぴったり合う方だ。

みなさんも、ぜひ読んでみてください。

MIMIを購入していない人はこれを機に購読してみてはいかがでしょうか?

ちょっと、宣伝してしまいましたが・・・

http://jdn.jfd.or.jp/index.html

(注)ウェブサイトでは最新号はまだ掲載されていません・・・

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宝友よ 幸せに!

宝友がこのたび、入籍し、家庭を築くこととなった。
彼女とは、今は亡き親友から恋人として紹介され、出会った。
それを機に、友情を育むようになり、色々な書物のこと、哲学、
人生について語り合い、
会う度に感化された。
一を聞いて十を知る、そんな友だった。

そして、私たちの間に深い友情が築かれはじめた時、
彼女との出会いをくれた親友が、突然、宇宙へ逝ってしまった。
恋人であった彼女の悲しみはどれほどのものであっただろう。
けれども、その悲しみを乗り越え、強くも前へ進みはじめた宝友。
強くなるということは、すばらしいことだ。
強くなる事で、悲しみは、心の糧となり、彼女を幸せへと導いて
くれる。
私はそう信じ、見守っていった。

しかし、その後、自分の忙しさに気を取られ、彼女ともなかなか
会えなくなっていた。
そんなとき、純粋に「カリーと会いたい。会えない?」と連絡を
くれた。
忙しくて、いろいろとあり、窮地にいた私に、その言葉は
温かくも
感じた。
2年ぶりの再会に、私たちは、今までの空白を埋めるかのように
抱き合った。
変わらない宝友・・・

生涯のパートナーを見つけたと、報告してくれた。
そして、心の奥にいる亡き親友の思いも語ってくれた。
幸せそうな宝友。
今まで出会った人たちがいたからこそ、今のあなたがいるんだね。
さまざまなことを学べたと思う。すべてに感謝するんだよ。

そして、先日、はちきれんばかりの笑顔で、パートナーを紹介して
くれた。
その顔を見て、安心した。
心の中にいるかつての恋人とも一緒に生き、すべての人に感謝の
思いを抱きながら、
原点を忘れずに、二人三脚で歩んでほしい。
宝友の生涯のパートナーとなる人へ。私の大切な宝友をよろしく。

あなたたちの幸せがわたしの喜び。

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愛知は西?東?

石川県に来て、早1ヶ月。ブログのコメントにも書いたが、

石川県が西日本に含まれると知ってかなり驚いた。

私と同じように石川県を勝手に東日本と思い込んでいた人も
少なくないだろう。

この話題について、九州出身の友達と話したところ、やはり
彼女も
石川県は東日本だと何の疑いもなく信じていたという。

その彼女がこんな質問をしてきた。

「じゃあ、愛知県は東と思う?それとも西?」

私は少し考え、「愛知は西だ」と答えると、

「いやいや東だよ」と異論を述べてきた。

「いや西!」「違う、東!」と両者、一歩も譲らぬせめぎ合いに
なったので、
判定基準をNTTに委ねることにした。

インターネットで「NTT西日本」と検索し、その支店に
名古屋支店が
含まれているかで勝敗を占った。

固唾をのみ、見守った結果・・・

「NTT西日本 名古屋支店」あり!やった!勝者、Karry!

敗者となった友達は「でも天気予報では、愛知は東日本に
含まれてたのに・・」

と、なおもまだ腑に落ちない顔をしながら言っていた。

同じ質問を関東出身の別の友達にしたところ、彼女の答えは
「東」であった。

よくよく考えると関東出身の友達と北海道出身の私はいわば
東日本人。

それとは逆に九州出身の友達は、西日本人。

東日本人からすると愛知県は西に見え、西日本人からすると
東に見えるのかもしれない。

とりあえず、愛知県においての東西論は決着したが、

境界線上にあるほかの県については分からず仕舞いで終わった。

もし東と西の区分の方法を知っている人がいたら、ぜひ教えて
くださいね。

それから、愛知県の方々、もちろんあなた方は西日本人ですよね??

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地域検定

「あなたはどこまで金沢通?」がという文字が目に入ってきた。
パンフを手に取ると、
『第一回金沢検定試験』と書かれてあった。 この金沢検定とは、金沢に関する歴史や文化、経済、産業など、
さまざまな分野から、「金沢通」の度合いを認定する検定試験
だそうだ。なかなか趣のある検定だ。 本来の検定は、自分のもつ能力を高めるために、それぞれ級が
定められている。英語検定、漢字検定が例である。
しかし、この検定は、単なる級取得を目指すというより、雑学
ブームが高じて、物知り博士を目指す、あるいは、地域を知る
ことにより、ふるさとへの愛着や誇りを促すことにつながるの
だと思う。 それが地域おこしにつながる手立て(対策?)だろうか。 北海道もあるのだろうか?と調べてみると、地域検定は
2003年秋、先駆けとして「博多っ子検定」が、そして
「東京シティガイド検定」「京都検定」「札幌シティ検定」
「沖縄検定」と出されているそうだ。 中でも、面白いのが、秋田県大曲の花火関係の「花火鑑賞士」
検定、男鹿市観光協会の「ナマハゲ伝導士検定」といったものだ。 こういったものがあるなんて知らなかった・・・ 金沢検定を受けてみたいが、わたしはまだ金沢をあまり知らない。 石川県に住み始めて約一ヶ月。 知っているのは、伝統工芸である輪島漆器、前田利家、兼六園、 室生犀星縁の町、それから甘エビがうまい!金沢は人情厚い!
それくらいかな・・・ そうだ!地元の友人たちにもこのこと宣伝してみようっと。 好奇心旺盛な私、何かにチャレンジしてみたい(^0^)/ もっと金沢の事を勉強して金沢検定を受けてみるのも楽しいかも。
きっと、ますます金沢の魅力にはまっていくだろうな。
みなさんのところに地域検定はあるかな?
金沢検定 http://www.kanazawa-kentei.com/

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オーラソーマカラー診断

毎回、友人たちのブログをチェックしてはコメントを入れたり
している。

なおちゃんのHPには占いについても書かれてあった。
占いはもともと、信じない性質だが、あたることもあるし、
的外れなこともある。

占いは宇宙の法則のもとで作られているのだろうか?
オーラソーマカラーは104本あるカラーボトルを直感で
4本選ぶこととなっている。

ボトルを選ぶのも楽しいし、ボトルの意味もなかなか奥深くて、
なるほど~と
真剣に読みふけってしまう。
実は、5年前に一度やったことがあり、今回と前回とはどう違う
判断がでるか?
興味津々・・・
よし、もう一度チャレンジしようっと・・・

げ!マジであたっているよ!おったまげたぞ!
診断結果は、以下の4項目からなっていたが、8割は当たってる
気がする・・・。


本来のあなた、人生の目的と可能性★
私の場合「自らの使命を見出し、自分にとっての“真実の道”を
生きる
ことに最善を尽くします。」だって!嬉しいね!

あなたの人生の課題やチャレンジ★
ここには、自分に正直になること、また私なりに愛情の出し方に
ついて、
書かれてあった。ふむふむ。

あなたの今現在の状態★
具体的に私の力が発揮できる仕事についてや、人生の目的が
明確になっていると
あった。ほ~。

あなたの未来の可能性★
私は「心の底から平和と歓びを実感し、たとえ困難な状況に
なっても、
つねに新しい観点で現実をとらえ乗りきっていく
でしょう。」という
ことらしい。
なるほど!世界平和については、日々考えてる。


すごい!ちょっと鳥肌がたった。

今日の結果は、こんな風になったけど、何ヶ月かしたあとに、
またチャレンジすると、今回と違うコメントが出てくるだろうな。
なかなか面白かったので、参考程度に頭に置いておこうっと!
みなさんもぜひ、やってみてはいかが?
反応が楽しみだわ!

オーラソーマカラー診断

http://www.voice-inc.co.jp/as/reading.html

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愛知万博

三連休に愛知万博へ行ってきました!
結果はね・・・楽しかったです!!\(^O^)/

でもね・・・人混みのすごさには参ったわ。

一応、認識はしていたんだけど、ゲート前でも並ばされたし、
トイレも、お土産屋でも並ばされた。
さすがに、疲れは翌日に響いた。

楽しみにしていたパビリオンは入場制限があり、体験できたのは
一箇所だけ。
ハイテクな技術を駆使したそのものだったので、目を見張ったが、
やっぱり他ももっと見たかった・・・
あー日立が心残りや・・・(><)

そのかわりアジアエリアでは、思う存分、展示物を鑑賞した。
困ったことに、アジアマニアの血がうずうずと騒いでしまった。笑

愛知万博を観光したのは月曜だったが、その前日の日曜日は、
万博のサテライト会場で、ボランティア通訳をした。
友人がNPOでカンボジアを支援していて、その支援事業の
舞台報告があり、通訳をお願いできないか?とのことだった。
友人の考えを聞き、二つ返事でOK!

友人が音声日本語で発表し、それに合わせて私は手話で通訳。
といっても、事前に紙をもらって、合図しながらのやり方。
報告も無事終わり友人も喜んでくれて、すがすがしい気分だった。

友人の話によると、カンボジアは人身売買がさかんなだけでなく、
乳幼児による臓器売買も深刻な問題だという。
つい最近まで、カンボジアを訪れていた私は、臓器売買という
非人道的な事実を新たに知り、
とてもショックだった。

友人は力やお金による支援ではなく、精神を開発する
エンパワーメントからの支援事業を行っていた。
友人の支援事業も含め、カンボジアの実情について
もう一度、深く掘り下げて、平和をさらに考えてみたい。


NPOアジア・レインボー・アソシエーション

http://www.h6.dion.ne.jp/~ara/index.htm

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愉快な発想

旅行ネタでなくて、ごめんなさい。
今日は気ままに書かせていただきます。

先日友人とチャットしていたら、落ち込んでいるのこと。
どうしたもんだ?といろいろ話を聞いた。
友人の心に響くよう、私も一生懸命、彼女の心を察しながら、
一緒に考えていった。

しばらくすると、友人も心が晴れてきたらしく、ありがとう!と。

(^O^)/ よかったよかった!(^O^)/

友人の気持ちが晴れたとき、その気持ちを共有できた。
ありがとうと言われると、素直に嬉しくなった。
感情を共有しあえることは素晴らしいよね。
人は人で傷つけられるが、その傷は人によって癒される。
これは人間だからできる特権であるといえよう。
一時はマイナスに見えても、長い人生からしてみれば、
プラスになることもある。
短時間であろうが、一瞬一瞬を私は大事にしたいと思った。

最後に友人が一言。

「軽油からハイオクにバージョンアップしたよ」と。

この言葉に思わず、プーッと吹き出してしまったが、
なかなか的を得た面白みのある言い方である。

\(^O^)/ うまいうまい!\(^O^)/

私も彼女のような発想ができるように、見習おうっと。

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夢のバトン

宝友さざえから、夢のバトンを引き受けましたので、
答えま~す。

Q1 小さい頃なりたかったものは?

たくさんあったけど、すぐ忘れる性質なので、
思い当たるところだけアップ・・・
医者!お菓子屋さん!海外に住みたい!

Q2 Q1はかないましたか?

ハハハかないませんでした(TT)
医者は耳が聞こえないからむりやわと勝手にあきらめた。
お菓子屋さんはこどもん時のはかない夢だったので
いつのまにか、やめた。
海外に住みたいは、まだ可能性はある?
今も人生を歩んでいるわけだし、今も追っているかも。

Q3 現在の夢は何ですか?

全ての人たちが心から楽しい、幸せや~と思える社会に
することかな。
目下の問題は、目の前で悩んでいる人と共に考えていき、
解決していくこと。
ろう教育もそのひとつだね。
世界中のろう児が自分の言葉で学びあえる環境にすること
も早急に解決したい問題。

Q4 宝くじが3億円あたったら何に使いますか(熱く語ってください)?

自分の家を建てる!(庭つき)
貧困の国に、できることは何かを調べてから、物質を送りたい。
ろう者が(子供から大人まで)気楽に立ち寄れる場所を作りたい。

Q5 あなたにとって夢の世界はどんなものですか?

次のステップに進める楽しいものかな。

Q6 昨晩見た夢は?

うーん、わからないな・・・
真っ黒や。熟睡して、気がついたらもう朝で起きている。笑

Q7 次に夢の話を聞いてみたい5人は?

TAKAKO、mai、HANA、しんず、たえさんにバトンを渡したく
思います。よろしゅう~

タイ・カンボジア見聞録もそろそろアップしますね。

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新天地

「人間到るところ青山あり」(蘇軾の詩)

世の中はどこへいっても、骨を埋めるべきところがあり、
青年は故郷を離れても大いにがんばるべきであるという
意味である。

蘇軾の詩より、感じたことは、
どこへ行っても自分は自分なんだ、ということだ。

私は、今、東京を離れ、新天地にいる。
10余年住んだ東京は、私の第二の故郷となった。
第二の故郷である東京は、まだまだ未熟だった
私に色々なことを教えてくれた。
人との出会いも与えてくれた。

東京にいた10年間、多くの人と出会い、語り、支えられて
ここまでやってきた。
今まで出会ってきた人々に、心から感謝している。
本当にありがとう!

これからは新天地で新たなる一歩を踏み出していく。
新天地は、東京とはまた違った楽しみがあり、
この地での人との出会いも楽しみにしている。

P.S.
みなさんには、近況報告も兼ね、引越し先より
葉書を出すので、待っていてくださいネ!

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最近感じたこと

新聞を読むたびに、暗いニュースが目に入ってくる。
アフガニスタンの国境で広島の教師が殺されたこと、
中学生が大人や親を殺したり・・・
とんでもない世の中になってしまったと痛感する。

子ども達が犯罪を起こす原因を考えると、
大人社会の歪んだ秩序が子ども達に
影響を与えてしまっているのではないかと思う。

子どもを責める前に、大人である自分をまず、見つめなおす
ことが大事なのではなかろうか。
人間を人間ならしめる哲学も私は必要と考えている。
ろう教育も今の社会のおかしな秩序がろう社会に少なからず、
影響を与えてしまっているのではないかと私は見ている。
今後もさらに、さまざまな視点からいろんなことを洞察し、
考え続けていきたい。
また、いろんな人と語り、考えを理解することにも重きを
置きたい。

一方、天災の被害もニュースでよく目にするようになった。
日本では台風で、数々の被害が、アメリカではカトリーナと
いう大型ハリケーンで、多くの人が生活に支障をきたしている。

たまたまネットで調べたら、赤十字で募金を募っていた。
ニューオーリンズのろう者はどのように生活をしているの
だろうか?何か情報を得ることができているだろうか?
モバイルの電波も順調だろうか?
一刻も早く、平安な生活を送られることを祈っている。
http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/817.html

亡くなられた方に冥福を・・・

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親友を偲ぶ

9月3日は親友・泉宜秀くんの命日だった。
彼は6年前不慮の事故により、突然命を奪われてしまった。
命日が来るたびに、わたしは彼を偲ぶ。

彼は多才な人だった。
周囲を和ませる力もあったし、人のもつ能力を見抜き、
やる気を出させたりもした。
もちろん、話す事柄も幅広かった。
お互いの恋愛観や哲学、旅行、スポーツなど様々なことを語った。
時には将来の夢やろう教育について、徹夜で語り合った。
あの頃がなつかしい。
彼がわたしたちに与えた影響はとても大きかった。

今、彼は何をしているのだろう?
はるか彼方の宇宙から、わたしたちを見ているのだろうか?
それとも、生まれ変わってどこかにいるのだろうか?

彼が逝って6年たった。今の社会を彼はどう思うのだろうか?
彼がいたことを知らない人も増えているかもしれない。
だが、彼なき今でも、彼はわたしの心の中に生き続けている。

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Deaf リーダー合宿

8/31から9/2までの三日間、全日本ろう学生懇談会関東支部
主催のDeaf リーダー合宿に講師として参加してきた。

学生一人ひとりが輝いていて、日本の未来は明るいと感じた
合宿だった。
学問とは、出来上がった知識や技術を覚えることだけではなく、
むしろ、それを通じて、自分で考える力を訓練することに目的が
ある。

私の師匠はいう。

「大学で培うべき教養とは、わが身を飾るものでも権威でもない。
精神的自己形成そのものであり、また、その自己形成から
にじみ出る見識、人間性、文化性、そしてライフスタイルの
総体をいうものであります。」と。

「大学は何のために学ぶのか」

そのテーマのもと、彼らは真剣に討論しあい、色々な意見を
出し合った。

彼らのその発言や表情を見ながら、私は学生たちに期待を
持つことができ、
若芽をもっと伸ばしたいと強く思えた。

今回の合宿は、思索力を深めるいい機会となったと思う。

自己の独断や思い込みにとらわれないこと、
出来うる限り広い観点から物事をみること、
さまざまなアイデアを創造的な発想に切り替えて実行に移る、

これらの力を彼らは3日間という短い期間の中でも

深めることができたのではないだろうか。

彼らの若いエネルギーは、本当に素晴らしいものだった。

学生たちと一緒にいたおかげで、私も沢山のことを教えられた。

あらためて、ありがとう。

また、初めての試みとして行った今回の企画も、実行委員たちの
頑張りと発想力があったからこそ、
大成功に至ったと思う。

実行委員のみんな、お疲れ様!

最後に、参加者から温かいメッセージを頂いた。
私の宝物がひとつ増えました!
素晴らしく、有意義な時間をありがとう。

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ついに両親も

実家より連絡が来た。

パソコンを購入し、インターネット接続したのこと。

両親との距離が更に短くなった。

いまや、携帯やパソコンでメールが主流となっているが、

私と実家とのやりとりはもっぱら、FAX。

パソコンメールがいいよと勧めたところ、

ついに、両親も購入した。

私のブログも見られるようになり、とても嬉しい。

世界中どこにいても、親にメールすることができると思うと、

やっぱり嬉しいよね!

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マザー・テレサ

久しぶりに映画がみたくなったので、
「マザー・テレサ」を見に行ってきた。

マザーテレサはインドの聖母として、インドだけでなく、
世界中の人々から慕われている。

わが身を省みず、目の前に苦しんでいる人々を救っていった。
マザーテレサにとってはごく当たり前のことであった。
純粋な信仰心が彼女を崇高な目的に導いたのだろうか。

「私の行いは、大海の一滴にすぎません。
何もしなければ、その一滴も永遠に失われます」

その言葉に共感を得た。
何事もアクションを起こさない限り、何も変わることはない。
最初は、ほんの僅かな事なのかもしれない。しかし、それは
大海のように大きなものへとつながっていく入り口なのだ。

映画を見終わった後、彼女の行動は、
私たちに何を投げかけていたのだろうか-。と考えた。
「あれは、マザーだからできた偉業だ」と賞賛するだけで
終わっていいのだろうか。
私は、彼女からもう一つ大切なことを学んだように思う。

それは、
彼女は彼女らしく、自分の信念を持って、自分の行動を全うした。
彼女らしい生き方を貫いた。
言い換えれば、私たち一人一人も自分らしく生き抜いていくこと、
それが一番大切なのだということ。
他の人にはできない、自分だからできることは必ずある。
それを成し遂げた人生こそ、誇りある人生となるのではない
だろうか。
他人と比べた人生ではなく、自分らしい人生を。
そうマザーが私たちに教えてくれているように思う。

「体は滅びても、精神は死なず」という言葉がある。
マザーが滅した今でも、マザーの精神は世界中に生きている。

最後に、マザーを演じた女優・オリビアに喝采を送りたい。
彼女はマザーの振舞いなどを熱心に研究したのだろう。
演技そのものが、マザーになりきっていた。

映画「マザー・テレサ」公式HPhttp://www.motherteresa.jp/

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わが故郷・北海道

みなさん、お元気ですか?
久々の更新です。長らくお待たせしましたm(--)m
 
さて、今日は何を書こうかな・・・
そうだ、故郷・北海道について、書こう。
 
人は、必ず故郷に、思いを馳せる。
私は高校を卒業するまでは、北の大地・北海道に
住んでいた。
北海道を離れて10年余り。

北海道を離れて、東京にそまりつつあっても、
根は生粋の道産子魂が住みついている。
今でも北海道の方言が出てしまうことも多々。

そういえば、東京にきて、驚いたことがある。

1.コキブリを初めてみた!
 北海道でもCMで「ゴキブリホイホイ」が放映されて
 いるんだけど、 見たこともないので、イメージが
 沸かなかった私。
 初めて見たときは、妙に感動したんだ。
 それでもやはり、虫は嫌い・・・
 
2.梅雨シーズンがある!
 こんなに、ムシムシじめじめしたことってあるの?
 北海道の暑さとは違った暑さなので、つらい・・・
 最近では、関東の 暑さも慣れてきたように思うが、
 梅雨シーズン到来とか梅雨明けなど、まだ
 体では覚えていないようだ。
 
3.雪が降っただけで大騒ぎする!
 北国に雪なんて当たり前。吹雪もへっちゃら。
 日常茶飯事。
 しかし、東京だと雪が降るだけで、交通にも影響が及ぶ。
 不便だ・・・。

4.東京の冬は寒い!
  北海道は寒いけど、心地よい寒さなんだ。
  零度下であっても、しみるような寒さはかえって寒くないのだ。
  東京は高層ビルが多いので、風がどうしても強くなる。
 
同じ日本でもこんなに気候がちがい、生活様式も違ってくる。
不思議なことだ。

道産子人は、本州を内地ともいう。
内地に住みたい、未知の世界の土地で自分の力を試したい。
そんな思いを、両親に訴えたあの時。
母は何も言わず、私の背中をぽんと押して、送り出してくれた。
 
あれから10年以上。
ここ東京にも住み慣れてきたが、やっぱり私の精神(こころ)の
帰る場所はちちははのいる北海道にある。

そして、私が住んでいる東京は第二の故郷である。
今度は東京について書こう。

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わが恩師

学生時代にお世話になった恩師と一年ぶりに再会した。
恩師の顔を見るやいなや懐かしさと安堵感を覚えた。

私が学生だったころから、その恩師は常に手話の必要性を
生徒にも、
他の教師にも訴えていた。
若さと正義にあふれていたが、年頃のわたしたちはいつも
恩師に逆らってきた。

それでもなお、私たち学生に常に耳を傾けようとしてくれていた。

メキシカン料理を食べながら・・・色々と話に花が咲いた。
私も教育に関わっていたことから、共通の話題にのぼり、
お互いの
考えを語り合った。
わからないことはお互い質問し合い、答え合い、不思議なことに、
教え子と恩師の垣根はこえていた。

充実した時間だった。

「人格の種」を植え付けた分だけ、学生は伸びる。

この言葉こそ、まさに私の恩師、そのもの姿だ。
私がここまで、成長できたのも、恩師のおかげでもある。
恩師から人格の種をもらい、沢山の水、栄養をもらい、色々と
示唆を
与えてもらい、人格を育ててもらった。

聴者とかろう者とか関係なく、教師というのは人格で決まる。
こども一人一人のそれぞれの個性をそのまま受け止めてくれる、
そういった教師こそ真の教師像である。
今、この時代において、そういった教師こそ必要とされている
のである。

恩師と別れた後、私は感じた。
教え子の成長が恩師に応えることにつながる。
私の恩師のように、教え子の成長と幸福をいつまでも願い、
心に抱いていける、そういう自分になっていきたい。

この場を借りて・・・
先生、本当にありがとう!
そして、これからもよろしくお願いします。

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学びの夏

この猛暑の中、私の友人たちは、大いなる夢を抱き、

通信教育の一課程であるスクーリングに参加している。

玉川大学、仏教大学、創価大学など学ぶことを求める
人たちが各大学へ集っている。

仕事をもつ傍ら、休み返上で学ぼうとする彼らに改めて
敬意を表したい。

かつてわたしも、創価大学の通教生として学びの夏を乗り切った。

睡魔と闘いながら、講義を受けたり、夜遅くまでレポート作成に

励んだりした日々が懐かしい。

学ぶ精神を忘れず、自分に挑戦し続けることには、必ず、
意味があるのだ。

かの有名なソクラテスの言葉に

「人間の最大の幸福は、日ごとに得について語ることであって、

魂の探求なき生活は、人間に価する生活ではない」

とある。

この言葉の意味には、勉学に励み知性を身につけていくこと、

そこに幸福の入り口が開かれると言っているのではないだろうか。

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映画好きな読書人

映画といってもその内容はさまざま。

ヒューマンドラマ、SF、サスペンス、恋愛、ホラー etc…

私の場合、その日の気分に合わせて見るものが違ってくる。

刺激がほしい時は、SFものを見る。

何か思考を深めたい時は、ヒューマンドラマやドキュメンタリーを
見て、
ヒントをもらう。

また、映画を見るときは、ストーリー性や出ている俳優の演技力
にも
注目する。

これは、読書人の私としてのこだわりなのかもしれない。

というのも、映画は、作り上げた映像で視覚に訴えかけてくる。

そのため、目で捉えたものがそのままインパクトとして残っていく。

だから、私はその視覚要素以外のストーリー性や演技力という
ものに
重きを置くのだ。

もちろん、映像技術が映画の魅力でもある。

私も実際、映画を見て感動し、映像から刺激を受ける。

ただ、例えば、ある映画を見た後、その原作となる本を読むとする。

本の中に、現れてくる登場人物の風貌などは、多くの人が、
映画で出演していた俳優を想像するだろう。

もし、本だけを読み、映画を見ていなければ、登場人物等、

自分の想像で作り出した独自のものが浮かび、他の人と
同一のものは想像できない。

本の場合は、特定のストーリーに自分の想像力で、独自の

アレンジが加わっていく。

ここに映画と本との大きな違いがみられる。

私にとって本の存在は、やはり想像力を強化させる意味でも

欠かせないものなのである。

と、ここで一点!

今回、私は、映画批判をしているのではなく、

読書好き人間として本をどれだけ愛しているかということを
書きたかっただけである。

映画好きのみなさん、どうぞ誤解しないでね!

映画は芸術の一つとして、大切な文化だし、

私も映画は大好き!

でも、やっぱり・・・本が一番好き!

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世界平和の心

受験を控えたろう者の中学生と一緒に、アメリカへ留学した
人の体験話を聞いた。

留学したばかりの頃は、大学で学ぶ英語が全く通じず、

自暴自棄になり、ビールやタバコ、遊びに明け暮れていたそうだ。

あるとき、自分に負けていては何もできない。と、初心に返り、

まずは語学の壁をやぶるために英語を猛勉強した。
その結果、
大学も無事に卒業し、秋には、アメリカの大学院
入学をも勝ち取ったそうだ。

自分に打ち勝った彼女の一言が印象的だった。

「私はやりきりました!後悔はしていません。」

会場内にいた他の中学生の子が「夢は何ですか?」と問うと

彼女は堂々と「世界平和に貢献できる人材になること」と答えた。

彼女の顔は輝いていた。彼女は付け加えて言った。

「世界平和に貢献できる人材とは何かというと、相手の心が
わかる
人になること。」

その言葉を聞いた瞬間、自分の思い悩んでいたことが

スーっと解けたような気分だった。

私自身、世界を旅し、いろんな人と語ってきたことから、

世界平和を祈り、世界平和に貢献できる自分になりたい

と思っていた。

しかし、スケールがでかい・・・
どうしたらいいのか、自問自答
していた。

そんな中、今回、彼女の話を聞き、世界平和は大きなこと

と考えるのではなく、小さなことから始めればいいのだ、
と気付いた。

たとえば、友人と意見が食い違った時、何が違うのか、

そこを話し合わねばならない。

わからないからと言って相手を批判するだけでは、相手への怒り

を持つだけになる。

怒りをもった話し合いは、結局は平行線のままで解決の糸口は
みつからない。

世界平和の心は

相手をわかろう、尊重しようという、誠意をもった対話によって、
相手に必ず届く。

それはまた、相手の心に幸福の種をまくことにもなる。

これこそ、世界平和の行動の原点ではないだろうか。

一人を大切にする、そういう行動が世界平和につながるのだと
感じた。

その日の夜、一緒に行った中学生からメールが届いた。

「今日よかったよね。私、頑張るよ!」と。

頑張れ!君は未来の宝なんだよ。
世界平和の心はずっと持ち続けようね。

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心温まる詩

昨日、友人のカルと一緒に相田みつを美術館へ行ってきた。

カルと私とは、不思議な縁にある。

名前も一文字違い、誕生日も丸1ヶ月違いの同じ歳で、
血液型も同じ。

私が活発的に対し、彼女は控えめな女性。
そのせいか、なかなか波長が合うようだ。
そんな彼女と相田みつを美術館へ。

作品はどれも心に響き、抽象的でない分、現実として

受け止められる。

二人で鑑賞しながら、作品に対してお互い批評しあった。

「相田みつをの言葉は短文だけど、凝縮していて味わい深い
んだよね・・・」

「筆で書かれたふぞろいの字も更に私たちの心に染みてきて
なかなかいいね」
「当たり前のことを忘れている現代人にちょっと問いかける
メッセージがたまらないよね」と。

「点数」
にんげんはねえ 
人から点数を
つけられるために
この世に生まれて
きたのではないんだ
にんげんがさき
点数は後

「いのちいっぱい」
いのちいっぱい じぶんの花を

「夢」

夢はでっかく 根は深く

言葉は本当に少ないけれど、言いたいことは、100%伝わってくる。
相田みつをのように、常に自分を見失わず、かつ色々なものを
感じられる心を保ち続けたい。

そう胸に抱きながら、カルと私は、颯爽とした気持ちで美術館を後にした。

相田みつを美術館     http://www.mitsuo.co.jp/ 
心の時代に 相田みつを http://mitsuo.diamond.co.jp/

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変わらぬ友情

友情は本当にありがたく、素晴らしい。

昨夜、宅配が届けられた。
送り主は、私のかつての文通相手。

私は、北海道に住んでいたため、本州に対する憧れから、
各地にあるろう学校の様子も知りたく、文通が趣味となった。
人数は100人以上に上った。
今となっては、青春時代のいい思い出となっている。

私が中1で、彼女が中3の時から、文通をはじめ、私が上京する
まで続いていた。
お互い忙しくなり、いつしか、文通も途絶えてしまっていた。
しかし、ひょんなことから、彼女もろう児をもつ母親となったと知り、
私が教育に関わる仕事をやっていたことから、再び、連絡を
取り合い、会うようになった。

送られてきたものは、彼女の地元で取れた、新鮮な特産物の
野菜だった。
突然の贈り物だった。手紙も添えて。
彼女の温かい気持ちに感動・・・。ありがとう。

武者小路実篤の「友情」に、
「よき友を持つものは、自分の方でもよき友になれるもので
なければならない。自分だけが得することは不可能である。」

その友は、私が苦しい境地に立たされたときも変らぬ友情で、
私を支え、励ましてくれた。
彼女の温かい言葉に、私は勇気付けられた。

彼女のように、今度は、私自身がよき友となるためにも、友を
大切にする、これだけは誰にも負けない自分になろう。

変わらぬ友情---私の最高の宝である。

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素敵な出会い-がんこおやじ-

みなさんの好きな四字熟語は何でしょうか?
私は「一期一会」「十人十色」「獅子奮迅」の3つ。

「一期一会」

その響きが、私にはたまらない。
私の師匠は「一人を大切に」

「人を大切にすることは自分を大切にすることに等しい」と言う。
私も人との出会いを大切にしていきたいと思っている。

先日、「一期一会」になりうる出会いがあった。

居酒屋で、私は親しい友人と呑んでいた。

友人とも楽しく語り、酒でほろ酔い気分、そろそろ切り上げようか
というときに、隣のテーブルのおじさんが、突然私たちに調味料を
2本、
「あげるよ」と持ってきた。
ラベルには、「おやじの秘伝ソルトハーブ唐辛子味」「ガーリック味」と

書かれている。
味見してみると、なかなかマイウ~。
「え、この顔写真、おじさん?」
「そうだよ。」
「すげえ!(厚かましく思いながらも)ありがとうございます!」

とありがたくもらった。
「ねえ、君たちいつ結婚するの?」
「え?%$#&’?」
「彼女は結婚しているけど、私は違うよ。」
「あら、いけないね!!」

??何か誤解していない??

「あの~よく間違えられるけど・・・私は女性です」

おじさんたちをビックリさせたみたい。笑
ごめんね、ビックリさせて・・・
私、しょちゅう間違われているんですよ~

色々、筆談しているうちに、終いには、席を仕切るために、

吊り下げられていた布を、邪魔だなぁといいながら外してしまった。
筆談、ジェスチャーで語り合い、けっこう盛り上がった。
帰る間際に、「みんな友達!また呑もう!」と言い交わし、私たちは
先に切り上げた。

最近、生命を尊重しないテロ、いじめ、自殺など心痛くなるような
事件が連日のように続いている。

おじさんたちと共有した時間は、ほんのわずかだったかもしれない
が、
心豊かになる時間であったと、胸をはっていえる。
「がんこおやじ」と称するおじさんたちに感謝。ありがとう。
「がんこおやじ」商品はテレビで放映されている超人気商品だそう。
味もバッチグー。
「がんこおやじ」の友人として、みなさんにPRしよう。
うちはテレビはあまり見ないほうなので、どういう番組か知らないけど、
このおじさん、ただものじゃない!!

がんこおやじ http://www.rakuten.co.jp/ganko-oyaji/

一期一会、一人を大切に・・・
私の好きな言葉をみなさんにそのまま送ろう。

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私もおばさんになる

先日、弟から、生まれたばかりの甥の写真とともに親ばかな
コメント付きで写メールが届いた。
甥の写真をながめながら、
「まゆ・目は弟、鼻・口は嫁はんだね。」と分析している私。

私は4人兄弟の長女である。
下には、親ばかになった(笑)弟、大学生の弟、高校生の妹がいる。

一番上の弟は去年の三月に結婚した。
私からしてみれば、愚弟だけど、大切な弟。

しかし、彼は私が耳が聞こえないことを今までずっと恥じていた。
その弟が、愛知へ就職してからは、顔を合わせることもぐっと減り、
お互い連絡を取らなくなっていた。

そんな中、一昨年の秋、突然弟からメールが届いた。
「ねえちゃん、俺、結婚することとなったんや。姉さん女房や。
式をやるから、ねえちゃん、来てや」と。
弟も愛する人ができ、家庭を築いていくんだなと思うと、
大きな喜びが。
色々やりとりをしているうちに、
「ねえちゃん、式の時の手話通訳はどうやって頼めばいいの?」
弟からのその一言に驚いた。
まさか弟からそんな言葉を聞けるとは。
今思えば、私は小さい頃から寄宿舎に入り、家族とは
離れて暮らしていたため、「ろう者の姉」に対してどう接して
いいのか、弟なりに悩んでいたのだろう。
お互い、何とか分かり合いたいと長い間抱いていた気持ち。
弟からもらった結婚報告を機に、私たちの距離は縮まったように
思う。

私「うん、通訳は必要だから、私の方でやるよ。突然どうしたん?」
弟「ばかだなあ、ねえちゃん。俺も成長しとるよ。ねえちゃんの
  頑張りを聞いているし、本も読んだよ。
  通訳者の謝礼や交通費も必要だと思うし、それは俺がもつから
  安心して。」
私「ありがとう。」 

弟の言葉が、本当に嬉しかった。

結婚式当日には、突然のスピーチ依頼・・・。前もって頼めよ!
と言いたかったけど、それが弟なんだよね。
姉として、心から祝福の言葉を贈った。

最後に弟から
「ぼくにとって一人一人が大切な家族です。」という言葉をもらい、
家族みんな涙が止まらなかった。
この日、改めて家族の絆を感じた。
兄弟っていいもんだな。家族っていいもんだな。

そんな弟がパパになった。
一段と成長したであろう弟、そして生まれたばかりの甥に会いに
行こう。

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通信手段

高度な情報ネットワークに伴い、わたしたちの通信手段も
発展してきている。
一昔のろう者の連絡手段は、はがきであった。
通信技術が発展するつれに、手紙、FAX、ポケベル、
携帯電話メール、電子メールと便利なものが登場し、
ついには、常時接続のADSLや光ファイバーの登場で、
チャットで文字、ビデオのやり取り、テレビ電話と発展して
きている。
科学の進歩にはきりがない。

海外にいる友と難なく、チャットで文字、あるいはビデオの
やりとりをしている。そのおかげか、世界に距離を感じなく
なってきている。
これはメリットでもあり、デメリットでもありえる。

海外にいる友とビデオで語り合う時は、時差を考え、相手の
時間に合わせている。
「明日の朝7時に会おう」とメールするなら、かならず、あとに
your time か my timeと付け加える。でないと、私の時間か、
向こうの時間か混乱してしまうからだ。

ほんとに地球は回っているのだと感じる。
こんな時、ふと谷川俊太郎の「朝のリレー」が思い浮かぶ。

朝のリレー  谷川俊太郎

カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている

ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ

ここが夜だと、向こうは朝。
朝と夜と比較された文が続いている。
地球は自転しているから、必ず朝が来て、必ず、夜がくる。
特に「朝をリレーする」という喩えに、魅力を持つ。
朝をリレーすることによって、私たちは、つながっている。
朝を向かえる場所は違うけれども、みんな同じ地球人。
国は違っても、我々は同じ一つの惑星・地球に住んで
いる地球人、人間なんだ、と感じる詩である。

他にも、谷川俊太郎の著作は、たくさんあるが、
今度、私のお気に入りの本を紹介しようと思う。

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アクセスカウンターを追加

みなさん、遊びに来てくれてありがとう。
今日より(7/6)アクセスカウンターをつけました。
楽しみがまた一つ増えました!
ブログって、なかなか奥が深いですね~。
まだまだ不慣れな部分があるので、どんどん追求し、
凝った「Karryならでは!のブログ」にしたく思います!

さて、明日は、七夕ですね。織姫と彦星が待ち焦がれて年一回
に会う日。現実に、年一回会う恋人っているかなあ?笑

私にとって、7月7日は一生涯忘れられない記念日です。
どういうことでしょうか??
(ヒント)アメリカ

答えはは明日アップしまーす。

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私たちは何のために生まれてくる?

私たちは人間である。
そして、私はろう者である。

昨日、友人と話した。

R「なぜ、Karryはろう者として生まれてきたの?」
K「それは、私が自分で選んできたからだよ。
  私は自ら望んで、聞こえる親を選んで自分がろう者
  として生まれてきたんだ。
R「そうなの!わかるような気がする!」

幸い、友人も哲学を語るのが好きで、色々盛り上がった。

私は両親を愛し、心から深く尊敬している。
そして、ろう者であることをありがたく思っている。

人生色々ある。
つらい時も、悲しい時も、嬉しい時も、楽しい時もある。
壁にぶち当たった時に、どうするか分かれ道がある。
くじけそうになり、あきらめて、後退するか。
苦しくても地に這ってでも、前進するか。

壁にあたった時に、必ず母は言う。
「困難は長く続く人生からしてみれば、必ず意味があるのよ。
その壁をぶち破りなさい。自分自身に負けないこと。
お母さんはあなたを信じているから、頑張るんだよ」

その言葉を聞くと、小さな自分の殻を破り、大きな自分になる
ために、自ら望んでこの親の下に生まれてきたんだと思う。

人生は挑戦の連続である。
ろう者だから、楽しいんだ。
ろう者だから、色々と学べるんだ。
ろう者だから、みんなと仲良くなれるんだ。
ろう者だから、現実社会をダイナミックにかえることができるんだ。
生まれてきた意義と価値がわかるのは、本人しかないと思う。

Karryとして生を受けた今、Karryでしかできない使命をまっとう
しよう。みなさんも、自分の人生を一生涯前進して、豪快に歩もう。

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ついにブログ開通したぜ!

ブログが流行っている今、私も・・・と思いつつ、時が流れてしまった。
遅れをとってしまったが、ついに私もブログに挑戦したぞ!
感じたことなどを、思いのまま一字一字記してみようっと。
旅行記・映画・読書・哲学・コラムなど・・・

私は、あらゆる人と対話する機会をもつことができ、幸せを感じる。
ふと、思った。
人は、それぞれ、違った宝を持っている。
みんな、個性が違うから、話がどんどん弾むんだよね。
みんな違っていていいなと思うと、金子みすずの詩が思い浮かぶ。

「わたしと小鳥と鈴と」 金子みすず

私が両手ひろげても
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は 私のやうに
地面(じべた)を速くは走れない。

私がからだをゆすっても
きれいな音は出ないけど
あの鳴る鈴は 私のやうに
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって みんないい。

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