★つぶやき

今後のこと

あっという間にもう8月ー。
帰国一番、食べた日本食はラーメン。
荻窪にある春木屋でラーメンを食べてきました!!
おいしかったね~。感動ひとしおです。。。

それから、公言どおり、金沢では日本酒、
北海道ではお寿司を食べてきました。
本当に幸せです!!!
しかしながら、時差ボケで胃腸が弱っているらしく、
しばらくは少食です。

今後の人生ですが、
迷いに迷った末の決断をしたので、ここに報告します。
休職していた(社福)石川県聴覚障害者協会を7月31日
付けで退職しました。
今後は、リーダーシッププログラム編成とろう教育の知識を
さらに極めるために8月7日再渡米します。

一年間では適応するのに精一杯だった。
それが正直な気持ちです。
半人前の自分で何が出来るのだろうか?
もう少し力をつけて、社会に貢献できる自分になりたいと、
自己責任を問う米国で挑もうと決意しました。

まだまだ半人前のKarry。
私の人生行路はまだまだ続きますが、今後ともよろしく
お願い致します。

前職場の人たちと昼食
P1020238_2

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ありがとう、石川県!

スペインから帰国し、仕事の引継ぎなどやることに追われて、
スペイン報告がまだ出来ていません。
気長に待ってください・・・

石川ろう協会に勤めて2年たとうとする今、渡米に向けて、
今日より1年間休職に入りました。
私の感性を更に伸ばしてくれた石川県、そして北野施設長
を始め、全ての方に感謝の思いで一杯です。
昨日まで働いていたのが、不思議な気持ち・・・。

職員の皆さん、石川ろう協会の皆さん、手話講座の受講生
たち、ろう児たち、ろう児をもつ保護者方々、手話通訳、手話
サークルの方たち、一人一人全ての方々が私の心に刻まれて
います。
大変お世話になりました。
Karryは自分の人生の第二章の扉を開きます。

昨夜、ろう協会を中心とした壮行会を開いていただき
ありがとうございました!
皆さんがモデル事業で更に学習したい意欲と深い信頼を
寄せていただいていたことが分かっただけでも本当に
嬉しいです。
それから、皆さんの心にKarryが住んでいたこともわかり、
本当に本当に感動でいっぱいです。
特に一人ひとりのメッセージが私の心に響き、必死に涙を
こらえましたよ。
石川県の追い風になれたのだ・・・と思ったと同時に、皆さん
より沢山学ばされた私です。感謝したいのは私のほうです。

Kazuo_2 司会進行の鴻野手話対策部長



Kitano_2 石川のママでもある北野施設長



Minami_2 当法人の南武理事長
左は吉岡教育対策部長


All01_3参加者の皆さんと(1)



All02_2 参加者の皆さんと(2)





モデル事業は今後吉岡真人さん、鴻野一緒さんを中心に
展開していきますが、より一層ご支援のほど、よろしくお願い
します。
石川県が成長すると、日本への追い風になることは間違い
ないと思います。
皆さん、好きだよ!ありがとう!!

今から渡米に向けて準備をし、8月半ばに出発します。
よって今夜金沢を発ちます。
寂しい気持ちも入り混じっているけど、1年後、成長した姿で
会おうよ!

石川県聴覚障害者センターのブログも見てください★
http://ishikawa-deaf.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_0970.html

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小さな日米交流

先週、アメリカにあるサンタモニカのろう高校生、ジーオ君が
はるばる金沢に来た。
どうして、金沢?と思われる人もいるかと思うが、
カリフォルニア州立大学ノースリッジ校(CSUN)に留学して
いる小林洋子さんの紹介で、ジーオくんは金沢を訪れた
のだ。
洋子さんとは、昨年秋、ノースリッジ大学で私が講義をした
時に大変お世話になった。

その後、ジーオくんの両親と洋子さんの願いもあり、わたしも
日米交流のお手伝いが出来ればと便乗させていただいた。

Dsc03464彼は日本が大好きで、日本語、そして日本
手話を家庭教師である洋子さんから学び、
独学で日本の歴史を勉強しているそうだ。
ホームスティ先の北野家に到着し、和室に
通した途端、パパに「これは本物の畳ですか?
畳とコザの違いは何ですか?」と質問し、
パパは面を食らっていた。

私は、週に1回、石川県立ろう学校高等部、専攻科の自立
活動の時間に「ろう者学」と称して手話をはじめ、色々と
指導をしている。
その時間を使って、ジーオ君と石川県のろう高校生との交流を
図りたいと先生に申し出たところ、快く引き受けてくれ、実現
することができた。感謝!

Geao彼は「アメリカの高校生の一日」と題して、
日米教育システムを流暢にプレゼンして
くれた。


生徒達の反応は・・・
「え?アメリカは朝7時半から始まるの?石川は8時半から
だよ。」
「学校まで1時間半かけて毎日通うことはすごいな!」
「ラテン語まで勉強するの?」
「試験は2回なの?日本は3回あるから、そっちのほうが
楽だなあ」
しかし、ジーオくんは
「2回だからこそ大変だよ。試験に落ちたら、日本みたいに
追試はないんだ。自己責任になる」と。
色々と盛り上がり、50分間が有効な時間になった。

広島ろう学校(今は名前が変わって広島南特別支援校)へも
交流に行き、そして今日は奈良ろう学校と、全国各地のろう
学校を訪問すると聞いている。
小さな交流がどんどん広がっていくことを祈念してー。
この小さな交流がきっと大きなものをもたらしてくれるだろう。

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至福!!

すっかりご無沙汰しました。
世界ろう者会議の講演準備、米国留学の準備、仕事、様々な
活動に追われて、気持ちもなぜか焦りがちになってしまう自分
がいる。
でも、忙しさに追われながらも残された日本生活、そして金沢
での生活を有意義に毎日を過ごしている。

先日、東京で働いていたとき、お世話になった方が所用で
金沢に来られると連絡が入り、一緒に食事をしようと再会の
約束をした。
金沢生活も2年たとうとしているはずだが、おいしいところも
あまり知らず、店の設定はその食事会に参加する友人に
任せた。

金沢市より車で走ること15分。
野々市町にある料理店「山ごぼう」に落ち着き、3年ぶりの
再会に乾杯をした。
食事はコース料理になっていて、前菜からはじまり、
デザートまでの大満喫のフルコース。
あまりにもおいしかったので、ここで、ちょっとご紹介。

Yamabiko1_1 まりも梅のシロップ漬け
(中央・めちゃおいしい!)
左より時計回りに、蕗のみそ、ジュンサイ、
ゴマ豆腐、鮭の手毬寿司(ほおずきの中)、
豆腐の粕漬け、沢かに??(初めて食べたぞ)

Yamabiko2グレープフルーツを器に、山菜の味噌和えの
組み合わせ。最初はフルーツに味噌・・・?
奇抜な組み合わせだなと思いつつ、口に運んだ
途端、グレープフルーツの甘酸っぱさが、意外
にもいい具合で口直しになる。

Yamabiko3最後は、デザート。作りたてのわらび餅!!
極上の食感に、きなことあんみつが加わり、
絶妙な「和」の味を造り上げてくれる。
わらび餅が透き通って濃緑の葉が写り、視覚
からもその味を堪能した。

店主は食器も食材も店の雰囲気も一つ一つ繊細に選んでいる
ので、束の間の北大路魯山人気分を味わえた。
人にも出会いがあるように、食べ物にも出会いがある。
こうした食べ物との出会いに幸せを感じる。
そして、食べ物を通して一緒にいる相手と食事しながら深く
語り合えることへも幸せを感じる。
ここにまた、生きていることの幸せを噛み締める。

東京よりはるばる来た知人は、人生を長く生きている分、
これから海外へ羽ばたく私に明確な指針を頂いた。
人生をより多く生きた人の言葉は、どれもこれも重みがある。

正直言うと、決意しては、些細な不安によってまた揺れる。
そして、自分に言い聞かせてはまたやりきるぞ!という
気持ちにもなる。
この気持ちの行程を経ながら、「あ~、私も人間なんだなあ!」

料理のおいしさも重なり、久々の再会に心から「至福の時だ!」
と。短い時間であったが、これもまたありがとう。
私って、ホントにしあわせもんや!!

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Karry 世界を駆ける!

世界ろう者会議に引き続き、みなさんに報告したいことがある。
このたび、愛の輪基金・ダスキン障害者リーダー育成海外研修
27期生として、この夏から1年間、米国ギャローデット大学へ
留学します!

まずは、留学に際し、多大なるご理解ご協力いただいた沢山の
方々へ感謝を申し上げたい。
私を理解してくださった北野施設長、石川県聴覚障害者協会
南武理事長をはじめ、石川県の方々、しゅわえもん関係の
皆さま、宝友・友人たち、愛の輪基金関係者たち・・・
そして、人生の指針を示してくださったわが師匠、最後に
愛する家族に感謝の思いを最大に込めて、
「本当にありがとうございました!」

協力いただいた方々のことも含め、今まであった過程の
全てを振り返った今、「偶然は必然である」
この言葉がガツンと胸に入った。
決して偶然にもこの留学が決まったのではない。
全てに意味があり、それが全て自分に還元されてきたのだ。

留学のために目下必要な手続きをしているが、思いの外、
大変・・・。しかし、そこまで漕ぎ着けるための過程こそが
未来を盤石なものにする。
留学は、自分が試されることにもなるとも思っている。
だからこそ、今の段階から、一つ一つ大切に積み上げて
いきたい。
まだまだ手続きが残っている部分もあるので、正式に終了
次第、詳細を報告したく思う。

私の母校・創価大学の創立者の指針に
「英知を磨くは何のため 君よ それを忘るるな」
For what purpose should one cultivate wisdom?
May you always ask yourself this question!

その言葉が私自身の脳と心を刺激している。
常に「何のため?」と問いながら、思索を練っていきたい。
そして、どんな起伏があっても、報恩感謝の気持ちを忘れず、
信念を突き通していく。

P.S 
今まで「教育団体しゅわえもん」として活動して参りましたが、
5月2日にNPO法人認証を頂き、この度「NPO法人しゅわえもん
として、新体制でスタートすることとなりました!
新たな出発の元、スタッフ一同、これからも邁進して行きます
ので、引き続き宜しくお願いします。

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時間

一年365日、一日24時間、1時間60分・・・。
それがアンドロメダ銀河太陽系地球に住む私たちの揺るぎ
ない法則である。

子どもの頃は一日がとても長く待ち遠しい思いを抱いたが、
高校を卒業してからは急速に時間が過ぎてしまう錯覚に
陥ってしまう。
「時」は不変の真理をもつが、環境や年齢などによって、
変化しゆくように感じるのは、なぜだろうか。

一日24時間じゃなく、28時間、36時間あればいいのに・・・
とよく現実離れした戯言を聞く。
もし、そうであれば、また別の視点や価値観が生まれるだ
ろうが、そういうことを言う人は、毎日が精一杯で何かに
追われて一日を過ごしているだろう。

かつての私も、課題や目標に追われて一日があっという間
に終わってしまうことがあった。
掲げた目標に自分の処理能力が追いつかず、私自身が
混乱、落ち込むこともしばしばあった。
そのときに限って、自ずと自省をする。
心の持ちようで、一日をどう過ごすか、価値のある一日を
いかに過ごせるかにかかるのではないかと最近思うように
なった。
忍耐強く、自分の心をコントロールするポジティブな思考力
が必要になる。

「時」は人生に比例してくる。
人生は「運」もつきものだが、最大のポイントは「努力」に
よって価値観を生み出す。
どういう努力を重ねていったのかは、最終的に「時」が証明
する。だから今この「時」をうまく運用していこう。
将来につなぐ貴重な「時」を私は賢明に過ごしていきたい。

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能登半島震災支援

金沢の桜は今五分咲きです。週末か来週辺りには満開で
金沢を華やかにしてくれるでしょう。
四季とりどり魅せる兼六園の風情が、私の心を躍らせます。

能登半島震災は大きな爪あとを残したが、逞しくも現地に
暮らす人たちは「能登魂・人間魂」で復旧に向けて歩んで
いる。
先週「能登半島震災聴覚障害者対策本部」の支援隊として
輪島市へ2日間赴いた。
錯綜とした思いを抱きながら、早朝車を走らせた私を一掃
したのが、七尾湾に面した美しい景観。
ちょうど朝日がのぼっていて、波全体が銀波となり、一際
輝いていた。閉鎖湾岸のため波もおだやかで、のどかな
景色。連なる蛇行カーブを走行しつつ、一旦車を止めて、
七尾湾を照らす陽を私も一身に浴びたかったが、ここは
業務で来ている。
後ろ髪を引かれながらも、穴水経由で輪島へ向かった。
自然は本当に不思議なものだ。
その景観だけで、私の不安は一蹴されていた。

8時半輪島市役所に到着。緊張感漂う中、福祉課へ。
福祉課職員、県保健士、県センター職員、奥能登ろう協会
役員、手話通訳士と対面し、動きを確認、即対応に入った。

耳が聞こえない分、放送など音声で流している内容が行き
届かず、置き去りにされがちである。
能登という地は過疎化されていて、地域から孤立している
聴覚障害者もいるのかもしれない。
一日目は個人宅へ家庭訪問、2日目は避難所まわりと業務
を全うしてきた。

聞こえない人といっても様々なスタイルがある。
手話を媒体に生きるろう者、音声と聴覚に生きる難聴者、
加齢による老人性難聴と未就学のろう者。
それぞれのニーズに応じた支援と整理をしていきた。

倒壊した家、陥没した道路、倒れた石灯籠、鳥居、土砂崩れ
など、活動層プレートに関連があるのか、地域によって被害
度が違っていた。特に輪島市門前地域がひどかった。
ご存知のとおり、日本は地震大国である。
地震活動が活発だろうか、不活発だろうか、「地震はどこで
も起きうる」ことを肝に命じておかねばならない。
能登に限らず、今まで起きた大震災を教訓に対策システム
作りはもちろんのこと、社会的弱者におかれる防災ネット
ワーク体制の整備も忘れてはならない。
それに個々における意識向上も地震大国・日本に住む最低
の心構えにかかる。

今回の支援活動に赴いて感じたことがあった。
震災は当然の如く、全てをパニックに陥れる。
役所で働いている人も当然ながら被災者の1人である。
それでいて、仕事で市民救済、支援にと奔走する姿勢に熱い
思いを感じたが、疲労の蓄積は否めない事実である。
対策に追われる方々の体に懸念を抱きつつも、そういった
方々の働きにより、それぞれの家庭は地域につなげ、地域が
行政につなげていくことの大切さを学ばされた。

被災者の心身のケアや、避難所や仮設住宅を中心とした
新たなコミュニティ作り、聴覚障害者へのネットワーク体制、
倒壊・破損した家の修理・改築、また個々に重くのしかかる
精神的ストレスの排除など、取り組まなければならない課題
が沢山あるだろうと思う。
「頑張れ」ということはたやすいけど、現地の人はそうはいか
ないところもある。
しかしながら震災をバネにして、プラス的発想に切り替えて
みれば今まで手を出せなかった課題を震災だからこそ取り
組めたと考えたい。
周囲が支えていくことも大切であろう。

回ってきた人たちの語りを一つ一つ思い出しながら、沈黙
漂う能登の夜、車を走らせ、金沢へ向かった。
夜遅くに対策本部の待つ県センターに着き、皆さんの顔を
見た途端、緊迫した気持ちから、ホッとしたのか一気に気
が抜けた自分がいた。

次回は能登支援で感じたカルチャーショックを書こうと思う。

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やった~!ありがとう!!

世界ろう者会議教育部門の基調講演のレジュメ(日本語/英語)
が出来、大会事務局に無事提出できました!!
皆さんの叱咤激励、誠にありがとうございました。
長い間温めてきた構想だけで、それを言葉にする苦しみがあった
分、出来上がったとなると、やはり喜びは大きい。
後は本番を待つだけとなりました。
国際手話でプレゼンするので、それも確認しなければならないが、
まずはひと段落。

タイトルは開かれたろう教育観を目指して、こう決めました。
「グローバリズム時代におけるろう教育」
"Globalization on Deaf Education"


自分を振り返ってみると、1994年「バイリンガルろう教育」の言葉
を知り、ろう教育に関わろうと思ったのもその時だった。
NPOバイリンガルろう教育センター龍の子学園で、教育実践を
得て、現在石川県聴覚障害者センターでろう児支援を中心に、
広範囲にわたる業務に携わっている傍ら、教育団体「しゅわえもん
で活動をしている。
そういう過程があったからこそ、一度原点に立ち返って考えられた。
たどり着いた答えと、教育の目的、社会構想、経済価値論を私は
述べることを決意した。

何度も言うようだけど、改めて皆さんに感謝したい。
本当にありがとう。その言葉だけでは足りないくらい。
今までの過程を抜きにしては「Karry」はいなかった。
皆さんが「Karry」を育ててくれたとも過言ではない。
まさに「人が人を作る」その通りですね。

さて、話は変わって、
私は明日より2日間支援体制の下、奥能登に向かう。
今日も能登では震度5の余震があり、今後もまた続くのではないか
と緊迫した状況はぬぐえない。
奥能登は過疎地なので、高齢ろう者、難聴者の生活保障が必須
となる。まして余震が続いているので、心のケアとして傾聴も必要
になる。奥能登のろう者・難聴者たちを孤立させないように、復旧
やケアを組織につなげてできることをまず考えていく。
明日は奥能登を目の当たりにするので、どういうことを感じるのか
皆目つかないが、全力を尽くしていきたい。
今のところ、能登有料道路は羽咋市より先が道路陥没で通行止
となっているため、七尾回りの一般道路にて向かう予定。
気をつけて行ってまいります。
(朝早いので起きれるかなあ~、それだけが心配です・・・)

石川県聴覚障害者センター(能登半島震災聴覚障害者対策本部)

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能登半島地震

皆さんもご存知のとおり、昨日午前9時40分過ぎ、能登沖を
震源地とする地震が起きた。
マグニチュート6.9の強度で、奥能登地域(輪島・穴水・七尾)
では、震度6強、その他石川県全域震度4~5に襲われ、
その震動は他県までに及んだ。
金沢で勤めているので、地震の速報が流れるや否や皆さん
からの即座に安否や激励メールやmixiのメッセを沢山頂いた。
この場を借りてお礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
Karryは全然元気ですので、ご安心ください。

実を言うと、昨日は石川県を離れていたので、地震の怖さを
味わっていない。
無事に金沢に戻れるかな?と心配していたが、交通網には
支障がなく、無事に金沢に戻った。
金沢は震度4で、被害は少ないが、奥能登地域は大変な
被害を被っている。
私の職場の県センターは、緊急で「能登半島聴覚障害者災害
対策本部(仮称)」を設置し、その対応に全力で取り組んでいる。
昔に比べると情報獲得しやすくなったが、災害となるとこれは
また別の話になる。
地震に見舞われた方々の心中は気の休まることはない。
奥能登という地に住んでいるろう者、難聴者全員が生活の
面で、より迅速に情報獲得でき、生活の支援ができるように
センターは行政と共に色々と思索を練っているところだ。
センターとしての動きが分かると思うので、ブログをどうぞ
見に来てください。
石川県聴覚障害者センター
http://ishikawa-deaf.cocolog-nifty.com/blog/

最後に奥能登のみなさんの心に一刻も早く安らぎが来ること
を祈ると共に、私も尽力を注いでいきます。

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18ヶ月

こんにちは。
今日の金沢は小春日和で暖かかったのが一転し、雪で荒れ模様。
一夜にして一面雪景色に変じた金沢、季節通りの景色にほっと
させられる。

さて、私の職場(石川県聴覚障害者センター)のブログが出来た
ので、その情報をお知らせしよう。
http://ishikawa-deaf.cocolog-nifty.com/blog/
手話動画ありなので、どうぞご覧くださいませ。

石川県に勤めて、早一年半がたった。
「石川」という地域性から教わることも多くあった。
そして何よりも収穫が多いのは北野雅子施設長のもとでともに
働け、人間性はもとより、施設長としての経営手腕、経営哲学
に大いに学ばされる。

この一年半を振り返ると、今までの固定観念や価値観を覆る
出来事とも出会い、葛藤したときもあった。
しかし、価値観を覆すことは従来の自分の殻を破る大チャンス
である。
長年疑問に思い続けたことを求めて、私は石川へ行ったのだ
から全てを吸収するつもりで考え抜いた。
すぐに答えが出ることばかりではない。
当然ながら、葛藤や苛立ちを感じることもしばしばあった。
そこで私が常に中心に据えていたのが、「苛立ちから怒りへと
転回しないこと」。
ろう者をはじめ、聞こえない人たちは抑圧を受けることに慣ら
されている。そのたびに、怒りへと転回、あるいは無関心へと
歩むかどちらかになる傾向があるように思う。
怒りの感情だけで立ち上がろうとすることがあるが、人間共和
の視点から考えてみると少し違うかなと思う。
怒れば怒るほど、共生どころか分断の層が厚くなるのだろう。
これはろう者のみではなく、マイノリティでしかわからない共通
経験が連鎖を生む見えない文化的背景と私は捉えている。
無知だからこそ人間は学び続ける。
当然ながら私もまだまだ学びゆかねばならない。
「人間」という視点を養うために、様々な人がいて、考えがあって
社会が成り立っている。
出会った人と語りつつ、あわせて「学」を追い求め、生涯学び
続けていきたい。

ここ石川では、今年4月から、スキルアップコース(手話通訳者
養成)と手話奉仕員養成(入門)のろう者講師養成講座の2つ
のモデル事業がスタートする。
石川県ろう協会と協会を支える人たちが長年抱いていた構想が、
一つの形となり、実現されようとしている。

石川県の手話通訳者のスキルを高めるためには、学習・実践の
場を提供することはもちろんのこと、何よりも忘れてはならない
のは、成人ろう者自身の成長である。
それだけは絶対に忘れてはならないことである。
将来社会的価値観が進むことにつれ、研鑽を訛ると、一番苦し
むのは誰か?
成人ろう者自身である。


未来を切り開くためには、幾多の壁にぶつかり、忍耐が必要と
なる。
「○○だから仕方がない」という否定的分析よりも、より建設的
に分析し、かつ地域性(あるいは県民性)を考慮し、その体質
にあった手段を選んでいく。
それがすべてプラス的価値を創造していく。
それが本当の教育の本質ではなかろうか。
本当の主役はリーダー的な人たちではない。
地域に生きる一人一人が本当の主役なのだ。

4月からの事業に向けて、目下準備中であるが、石川の人たち
に恩返しが出来る自分に成長したく思ったこの頃である。
「Karryが探している答えは地方にあるんだよ!」とアドバイスを
くれた石川の友人に感謝してやまない。
ありがとう。

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