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やった~!ありがとう!!

世界ろう者会議教育部門の基調講演のレジュメ(日本語/英語)
が出来、大会事務局に無事提出できました!!
皆さんの叱咤激励、誠にありがとうございました。
長い間温めてきた構想だけで、それを言葉にする苦しみがあった
分、出来上がったとなると、やはり喜びは大きい。
後は本番を待つだけとなりました。
国際手話でプレゼンするので、それも確認しなければならないが、
まずはひと段落。

タイトルは開かれたろう教育観を目指して、こう決めました。
「グローバリズム時代におけるろう教育」
"Globalization on Deaf Education"


自分を振り返ってみると、1994年「バイリンガルろう教育」の言葉
を知り、ろう教育に関わろうと思ったのもその時だった。
NPOバイリンガルろう教育センター龍の子学園で、教育実践を
得て、現在石川県聴覚障害者センターでろう児支援を中心に、
広範囲にわたる業務に携わっている傍ら、教育団体「しゅわえもん
で活動をしている。
そういう過程があったからこそ、一度原点に立ち返って考えられた。
たどり着いた答えと、教育の目的、社会構想、経済価値論を私は
述べることを決意した。

何度も言うようだけど、改めて皆さんに感謝したい。
本当にありがとう。その言葉だけでは足りないくらい。
今までの過程を抜きにしては「Karry」はいなかった。
皆さんが「Karry」を育ててくれたとも過言ではない。
まさに「人が人を作る」その通りですね。

さて、話は変わって、
私は明日より2日間支援体制の下、奥能登に向かう。
今日も能登では震度5の余震があり、今後もまた続くのではないか
と緊迫した状況はぬぐえない。
奥能登は過疎地なので、高齢ろう者、難聴者の生活保障が必須
となる。まして余震が続いているので、心のケアとして傾聴も必要
になる。奥能登のろう者・難聴者たちを孤立させないように、復旧
やケアを組織につなげてできることをまず考えていく。
明日は奥能登を目の当たりにするので、どういうことを感じるのか
皆目つかないが、全力を尽くしていきたい。
今のところ、能登有料道路は羽咋市より先が道路陥没で通行止
となっているため、七尾回りの一般道路にて向かう予定。
気をつけて行ってまいります。
(朝早いので起きれるかなあ~、それだけが心配です・・・)

石川県聴覚障害者センター(能登半島震災聴覚障害者対策本部)

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能登半島地震

皆さんもご存知のとおり、昨日午前9時40分過ぎ、能登沖を
震源地とする地震が起きた。
マグニチュート6.9の強度で、奥能登地域(輪島・穴水・七尾)
では、震度6強、その他石川県全域震度4~5に襲われ、
その震動は他県までに及んだ。
金沢で勤めているので、地震の速報が流れるや否や皆さん
からの即座に安否や激励メールやmixiのメッセを沢山頂いた。
この場を借りてお礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
Karryは全然元気ですので、ご安心ください。

実を言うと、昨日は石川県を離れていたので、地震の怖さを
味わっていない。
無事に金沢に戻れるかな?と心配していたが、交通網には
支障がなく、無事に金沢に戻った。
金沢は震度4で、被害は少ないが、奥能登地域は大変な
被害を被っている。
私の職場の県センターは、緊急で「能登半島聴覚障害者災害
対策本部(仮称)」を設置し、その対応に全力で取り組んでいる。
昔に比べると情報獲得しやすくなったが、災害となるとこれは
また別の話になる。
地震に見舞われた方々の心中は気の休まることはない。
奥能登という地に住んでいるろう者、難聴者全員が生活の
面で、より迅速に情報獲得でき、生活の支援ができるように
センターは行政と共に色々と思索を練っているところだ。
センターとしての動きが分かると思うので、ブログをどうぞ
見に来てください。
石川県聴覚障害者センター
http://ishikawa-deaf.cocolog-nifty.com/blog/

最後に奥能登のみなさんの心に一刻も早く安らぎが来ること
を祈ると共に、私も尽力を注いでいきます。

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能登の梅酒

私は父譲りなのか、食べ物・飲み物の味には少々うるさい
自称グルメ家。
晩酌するほどではないが、時々日本酒を嗜む。
ちなみに珍しがられるが、ビールは飲まない。
石川は日本海に面しているので、日本酒がなかなかおいしい
ところ。
天狗舞、手取川、能登誉、千枚田、白山など・・・
甘口から辛口まであるが、水のようにさらりとのど奥に消えて
いくものもあれば、若干のどにさわるものもある。
そこが日本酒の醍醐味である。
米から酒に仕上がる過程、杜氏の力量を思うと、私の胃に
おさまるのももったいなく思う。
酒豪だ下戸だという次元でなく、グルメの領域で楽しむのが
一番おいしい。

石川に来てから、美味い日本酒との出会いもありながら、
「加賀梅酒」という梅酒を知り、時々梅酒も飲むようになった。

Notonoumesyu1ところが、年明けにその上手をいく
竹葉「能登の梅酒」の存在を知り、
今やもう「能登の梅酒」に心を奪われて
しまった。
好きなものにはとことんはまる、悲しいかな
私の性質である。
あれ以来、疲れを癒すときは一杯「能登の梅酒」で自分の
時間を堪能している。
「能登の梅酒」は、山廃純米の古酒をベースとしているため、
力強いコクがあり、味わいも深い・・・!
そして酸味があるのに、甘さが残っていてバランスも絶妙だ。
日本酒ベースの梅酒だから、私の持つ従来の梅酒の概念を
超え、未領域の地へ。
だからこんなにのめり込んでしまったのだ。
他にも「天狗舞の梅酒」という焼酎をベースにしたものもあるが、
自称グルメ家の私の口には「能登の梅酒」があっているかも。

昔の石川は能登と加賀と分かれていて、食べ物も生活も文化
も違っていた。なるほど、「加賀梅酒」「能登の梅酒」という銘柄
をとってもその意味が覗える。
「石川」は本当に奥が深く、衣・食・住、それぞれの楽しみを
謳歌している。
侮るなかれ、北陸・石川!
みなさんも、ぜひ石川においでまっせ。

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18ヶ月

こんにちは。
今日の金沢は小春日和で暖かかったのが一転し、雪で荒れ模様。
一夜にして一面雪景色に変じた金沢、季節通りの景色にほっと
させられる。

さて、私の職場(石川県聴覚障害者センター)のブログが出来た
ので、その情報をお知らせしよう。
http://ishikawa-deaf.cocolog-nifty.com/blog/
手話動画ありなので、どうぞご覧くださいませ。

石川県に勤めて、早一年半がたった。
「石川」という地域性から教わることも多くあった。
そして何よりも収穫が多いのは北野雅子施設長のもとでともに
働け、人間性はもとより、施設長としての経営手腕、経営哲学
に大いに学ばされる。

この一年半を振り返ると、今までの固定観念や価値観を覆る
出来事とも出会い、葛藤したときもあった。
しかし、価値観を覆すことは従来の自分の殻を破る大チャンス
である。
長年疑問に思い続けたことを求めて、私は石川へ行ったのだ
から全てを吸収するつもりで考え抜いた。
すぐに答えが出ることばかりではない。
当然ながら、葛藤や苛立ちを感じることもしばしばあった。
そこで私が常に中心に据えていたのが、「苛立ちから怒りへと
転回しないこと」。
ろう者をはじめ、聞こえない人たちは抑圧を受けることに慣ら
されている。そのたびに、怒りへと転回、あるいは無関心へと
歩むかどちらかになる傾向があるように思う。
怒りの感情だけで立ち上がろうとすることがあるが、人間共和
の視点から考えてみると少し違うかなと思う。
怒れば怒るほど、共生どころか分断の層が厚くなるのだろう。
これはろう者のみではなく、マイノリティでしかわからない共通
経験が連鎖を生む見えない文化的背景と私は捉えている。
無知だからこそ人間は学び続ける。
当然ながら私もまだまだ学びゆかねばならない。
「人間」という視点を養うために、様々な人がいて、考えがあって
社会が成り立っている。
出会った人と語りつつ、あわせて「学」を追い求め、生涯学び
続けていきたい。

ここ石川では、今年4月から、スキルアップコース(手話通訳者
養成)と手話奉仕員養成(入門)のろう者講師養成講座の2つ
のモデル事業がスタートする。
石川県ろう協会と協会を支える人たちが長年抱いていた構想が、
一つの形となり、実現されようとしている。

石川県の手話通訳者のスキルを高めるためには、学習・実践の
場を提供することはもちろんのこと、何よりも忘れてはならない
のは、成人ろう者自身の成長である。
それだけは絶対に忘れてはならないことである。
将来社会的価値観が進むことにつれ、研鑽を訛ると、一番苦し
むのは誰か?
成人ろう者自身である。


未来を切り開くためには、幾多の壁にぶつかり、忍耐が必要と
なる。
「○○だから仕方がない」という否定的分析よりも、より建設的
に分析し、かつ地域性(あるいは県民性)を考慮し、その体質
にあった手段を選んでいく。
それがすべてプラス的価値を創造していく。
それが本当の教育の本質ではなかろうか。
本当の主役はリーダー的な人たちではない。
地域に生きる一人一人が本当の主役なのだ。

4月からの事業に向けて、目下準備中であるが、石川の人たち
に恩返しが出来る自分に成長したく思ったこの頃である。
「Karryが探している答えは地方にあるんだよ!」とアドバイスを
くれた石川の友人に感謝してやまない。
ありがとう。

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静枝の優しい眼差し

もう3月になりました。
「金沢は寒いでしょうね?」とよく聞かれるが、暖冬だから、
金沢滞在2年目の冬は雪も数回程度で終わってしまった。
要するに、冬が魅力の金沢を味わえなかったのだ。
金沢人も異口同音に「こんなことは初めてだ」と。
地球温暖化が目に見える形で徐々に現れている昨今、生物
生態の変化や、水不足などこれから先の生活を懸念する。

1月24日昼休みに、私の携帯に1通のメールが届いた。
宝友の野崎誠と佐沢静枝から「元気な男の子が生まれた」と
の朗報だった。
そして、彼らが尊敬している先生に「剛-つよし-」と命名して
もらった。生命の金剛である、「剛」の計り知れない可能性に
今後がとても楽しみだ。

Tsuyoshi1 愛らしい剛の写真がメールで送られてくる
たびに、心穏やかな優しい気持ちにさせら
れる。
おやまあ、目は誠に似ていて、鼻から下の
ほうは静枝にそっくりだ。
今回はその写真を見て感じた思いを書こう。


Shizue_and_tsuyoshi 多数ある写真の中で一番好きな写真である。
(本人の許可をもらってあります)

この写真は母となり、わが子・剛を抱く静枝で
ある。
わが子をいとおしく見つめる、まさに母の優しい
眼差し。母の腕で安らぐ赤ちゃん。
ありきたりの風景だろうが、生命の育みの原点の一コマが
私を感動の彼方へと導いてくれている。

1998年私がアジア大陸を3ヶ月間旅し、帰国した直後に、
私と静枝は出会った。
彼女の健気でまっすぐで無垢な目が印象的だった。
誠とは、2002年静枝を誘った三国志展で初対面を果たした。
名前負けしない誠実な姿が印象的だった。
彼らが夫婦となり、そして今度は、まだ幼さが残る静枝が一つの
尊厳なる生命をこの世に生み出すという偉業を成し遂げた。
母親という偉大な人物は、一家庭を明るく照らしゆく太陽その
ものである。本当に尊敬に値する。
彼ら夫婦にとって、わが子を産み、育て、関わることで、様々な
ことを感じ取っていくことだろう。
そしてものの見方も多角的になっていくのだろう。
誠、静枝、剛から教わることもこの先、多くなるだろうと思うと、
自分の大切な大切な財産が増えた喜びでいっぱいである。

これは誠と静枝ばかりではない。
一個の社会形成の一つである家族を持っている人たちにも
同様に言える。
結婚もしていない私がこんな偉そうなことは言えないが、家族の
愛情は、常に人を大切にする気持ちと報恩感謝の気持ちを
抱き続けることを教え、自分をたゆみなく成長させてくれるの
だろう。
その心が人をそして生命を育てていく基本なるものと私は思う。

最後に、尊い生命を育む1児のパパ、ママとなった誠と静枝より
メッセージが届いた。
「剛は私たちの子どもでもあるが、カリーの子どもでもある。
剛をどうかよろしくお願いします。」


彼らの純粋な気持ちがとても嬉しかった。
彼らなくして今の自分はいなかった。
お互いを大切に思う気持ちがまた「私」を奮い立たせてくれる。
今日もまた頑張ろう。

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