« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »

高村真理子さんを偲ぶ会

ホントに時が怒涛のように過ぎ去っていく。
毎日が充実している証かもしれない。
今回はアメリカに留学している友達が教えてくれた
情報をブログにアップさせていただく。

去る5月3日にろう社会におけるダンスの第一人者・
高村真理子さんがアメリカで逝去された。
彼女を偲ぶ会がアメリカにあるカリフォルニア州立大学
ノースリッジ校で行われるそうで、その案内が届いた。

思い起こせば、彼女とは、ある友人のホームパーティで
出会い、色々と語り合った。
それから、去年の春に偶然会い、
「今度またホームパーティでゆっくり語り合おうね。」
それが彼女と交わした最後の言葉となった。

彼女は学生とダンスを非常に大切にされていた。
彼女が残した正の財産は、これから学生たちが引き継ぎ、
今後花を咲かせていくのだろう。
その日を楽しみに待ちたいと思う。

場所がアメリカなので、参列はできないが、電報を送る
つもりでいる。
高村真理子さん、安らかに・・・

Mariko Takamura Memorial Ceremony
(高村真理子さんを偲ぶ会)
                       Thank you for your beautiful your smile


Takamura_1高村真理子さんは、平成16年5月3日に
アメリカのロサンゼルス市内の病院にて、
ご家族の暖かい目に見守られながら、永眠
されました。
「偲ぶ会」につきましては、6月3日に執り行う
こととなりましたので、お知らせします。
なお当日は平服にておいでください。
また、ご供物等はご辞退申し上げます。
交通、宿泊については責任を負いかねますので、ご了承の程
よろしくお願い申し上げます。
ご家族の方への弔電、メッセージ(英文)を承っておりますので、
下記の問合せ先までお問い合わせください。
日時*平成18年6月3日(土)<日本時間6月4日(日)>
    開場時間13:00 開始時間15:00-17:00
場所*カリフォルニア州立大学ノースリッジ校
    18111 Nordhoff Street Northridge, CA 911330 USA
遺族代表*エリック・ウォルトン
発起人*鈴木美智子、ジニー・ガーツ、青木里佳、村井晃子、
      鈴木加奈子、小林洋子
問合せ、申込先 email: yoko.kobayashi.279@csun.edu(小林洋子)
                       TEL: 81 8-256-6082 (鈴木加奈子)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

世界ろう者会議(スペイン)

2007年7月、スペインのマドリードで世界ろう者会議が開かれる。
この会議は、4年に一回行われる世界規模のろう者のイベントで
ある。

前回、カナダのモントリオールで行われたろう者会議で、わたしは
「日本のろう教育の現状」と題し、レポート発表した。
日本の実情を話したものの、前回のブログでも話したように、
「井の中の蛙、大海を知らず」という言葉を実感した。
今までの自分の姿勢をもう一度考え直すことができた忘れも
しない大会だった。
あれから三年、あの時の貴重な経験があったからこそ、自分の
視野も大きく広がった。
これもひとえにすべて今まで関わってきた人たちのおかげである。
だからこそ、新たな思いを胸に、スペインへ行こうと思う。

世界各地におけるろう者の生活の実情、人権問題、手話言語の
あり方、どれをとっても、共通点がある。
今、世界では手話の位置づけが変わってきている。
手話をその国の公用語として認めた国もここ数年増えてきている。
日本もそう遠くはないだろう。

最近、私は思う。
自分の損得だけを求めて、結果、何を得るのだろうか?
また、ハードパワーとソフトパワーの持つ意味についても。
たくさんの人と語らい、そしてたくさんの書籍を読みながら、この
答えのヒントを得ていきたいと思う。

来年の大会の宣伝ビデオを友人より教えてもらったので、この
ブログにアップする。
特に驚嘆したのは、アニメーションでしかも国際手話で話して
いる!この技術はすごい・・・・
みなさんも、スペインへ一緒に行きませんか?

世界ろう者会議スペイン大会
http://www.wfdcongress.org/intro/wfdcongress_content.php

| | コメント (19) | トラックバック (0)

読書とわたし

わたしは活字が好きで、昼休み、通勤時間、寝る前に一つの
儀式と言っていいほど、本を読む。
時には小説だったり、マンガだったり、絵本だったり、新聞
だったり。いや、新聞は毎日ですね。笑

先月はキン肉マンマニアの友達に、キン肉マンのマンガを借りて
読んだ。
キン肉マンは小学生の時にはまって、マンガだけでは物足りなく
なり、弟と一緒にキン肉マンのゴム人形集めにも走った。
親に小遣いをねだっては買ってもらっていたことが懐かしく思う。

あの頃は、単純で闘いの勝敗にしか興味がなかったのだが、
大人になった今、読んでみると、けっこういい本だということが
わかる。キン肉マンが流行る理由が今になってわかった。
闘いを通して友情パワーの輪を広めていくキン肉マンの姿と
ともに最終巻のキン肉マンの台詞「友情とはもっとも遅い植物
である・・・」という言葉に、わたしはしびれてしまった。
経験と理屈が一致しているキン肉マンに、改めてかっこよさを
感じた。

本を読むと、客観的に観察、批判的思考も養うこともできる。
自分が経験できない道の世界へもいくことができる。
ホール・ケインの「永遠の都」を読んだときも、感動のあまりに
しばしその余韻にひたり、ほんの世界に入ったままになっていた。
「ダビンチ・コード」ではレオナルド・ダ・ビンチの偉大さを知ること
ができ、もう一度ルーブル美術館へ行き、じっくり観察してみたい
と思った。
そして、先週は「国家の品格」「ハリーポッター 謎のプリンス」も
読破した。
「国家の品格」は頷ける部分もあり、自分は違うなあと考える
部分もあったし、「ハリーポッター」は気持ちが移入すぎて、
ずーんと沈んでしまった。すべてがつながっていて謎解きの
パズルのようだ。もう一度一巻から読み直してみたくなった。

ふと思ったのだが、本を読むたびに自分の感性が高まっていく。
人間観察と似たようなものかな。
現在は友人たちの勧めにより、「超バカの壁」「東京タワー」
「祖国とは国語」にチャレンジしている。

私のブログを読んで、「あの本を読んでみては?」などと色々な
人がいろいろな本を紹介してくれる。
とても嬉しいことだ。
時間のやりくりしながら読んでいきたいと思う。
読んだあと、色々所感を語り合うのも楽しみの一つだ。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

二人の門出を祝して

すっかり遅くなりました。
今回は五月の連休中にめでたく挙式を挙げた我が宝友の
野崎誠くんと佐澤静枝さんのことをアップします!

お天道様も祝うかのように快晴に恵まれた5月3日、大切な
我が宝友たちは、夫婦の契りを交わした。
その結婚式に招待されて行ったが、まずなんと言っても
静枝のドレス姿、すごくきれいで、いかにも幸福そうな花嫁
って感じで、うっとりしてしまった。
誠も、凛々しくて、これから一家の大黒柱の責任を担う、
深遠なる決意にみなぎっていた。かっこよかったな。

また、当日は新郎の友人代表として挨拶させて頂いた。
「親や師匠をはじめ、すべての人たちの出会いや支えが
あったからこそ、今のあなた達がいる。常に感謝の気持ちを
忘れずに、今後出会った人たちを一人ひとり大切にしてほしい。
それぞれ違った環境に育てられた誠と静枝が一個の家庭を
築くことは今までに味わったこともない貴重な経験に出会う。
夫は妻を、妻は夫をたたえ、尊重する精神こそが一人ひとりを
大切にすることにつながる。」
と心をこめて祝福の言葉を贈らせてもらった。

そして、その後に続く、新婦、新郎それぞれの父親の力強い
挨拶にわが子を思う親の思いが深く伝わり、感動とともに
涙が止まらなかった。
こんな素晴らしい両親に育てられた二人なら、絶対に幸せな
家庭を築いていけるだろうと実感した。

Makotosazae01_1 これから、誠と静枝は一つの家庭となり、
新たな道を手を取り合い、歩むこととなる。
私はこのかけがえのない二人のことを、
すべてをこの先もずっと見守っていきたい
と思う。

♡おめでとう♡ 誠くん&静さん

| | コメント (16) | トラックバック (1)

世界が祝う母の日

今日は素晴らしき母の日である。
世界中の友が母を祝っていることだろう。

私が、この世で最大に尊敬しているのは「母」である。
私には、まだ現役学生の弟と妹が二人もいるので、母は
まだまだ子育て奮闘記中である。
しかし、それも母なりに楽しんでいるようだ。

母は究極(笑)の楽観主義である。
嬉しいことがあると、
子どものようにはじゃき、家族みんなで喜びを分かち合う。
悲しいことがあると、
「何とかなる。辛いからと逃げちゃだめだよ」と励ましあう。
悔しいことがあると、
ぐっとこらえ、だまって微笑みを返す。
そんな母が私の母である。
そんな母に私は育てられた。
私の楽観的な考えは、母から受け継いだものかもしれない。
大人になっても、いつまでも、わたしは母の子である。

母の日にちなんで、私は贈り物を送った。
母は北海道に住んでいるので、すぐ母の喜んでくれる
笑顔がみれないけど、心の中で思い浮かべている。
「お母さん、いつもありがとう」

今日は金沢市聴覚障害者福祉協会の定期総会で
全日本ろうあ連盟事務局長の石野富志三郎氏の講演が
あった。
「人間らしい暮らしのために~少子化・高齢化社会」の
テーマのもと、冒頭に母の思い出話を語ってくれた。
とても心温まる話しで、石野さんも母の愛情を全身で
受けてきたから、今の石野さんがあるんだなと、「母」と
いう存在の偉大さを改めて感じた。

それから、北海道にいる母だけでなく、金沢で暮らして
いつもお世話になっている北野ママにも、感謝をこめて
贈り物を差し上げた。
私の周りの友人も母になっていっている。
こども=生命を育てていく母として偉大なる使命を持ち、
その使命を全うしゆく彼女たちに、母としての貫禄が
出てきている。
人間味も重ねていっている。
その姿にも、私は尊敬の意を持つ。

母は一家の太陽である。
全ての母に最敬礼!

| | コメント (7) | トラックバック (1)

故・並河氏を偲びつつ

今月8日、著名な写真家がまた一人逝った。
その人の名は並河萬里氏。
彼は中近東のシルクロードの遺跡をモチーフに、撮り続けていた。

写真鑑賞が趣味の一つであるわたしは、確か5年前に行った
シルクロード写真展で、彼の写真と出会った。
どこもかしこも圧倒される写真の数々。
色んな写真家がいる中、並河氏の写真は歴史を語っているかの
ように感じた。
最も、彼は文化財の保存に力を入れていたのだから、歴史的
背景を感じるのは当たり前かもしれない。
戦争写真家のロバート・キャパ氏や一ノ瀬泰造氏は戦火に生きる
人たちの生き抜こうとする必死さ、悲惨きわまる戦争の真実を
ファインダーを通して訴えていた。
並河氏の写真が写し出すその遺跡からは、今の生活の恩恵を
感じさせる文明の偉大さを感じ取ることができる。

彼の写真の中に、忘れられない一葉の写真がある。
イランの遺跡だったと思うが、その遺跡へ上る階段の写真。
それは、下からの絶妙なアングルで撮ったもので、澄みわたる
青空がその階段と素晴らしいほどに調和していた。
電撃が走り、しばし、時が止まり、遺跡が作られた時代へと
タイムスリップしたかのような錯覚を覚えた。
まるで自分がその場にいて、まさに階段をのぼらんとしている。
階段をのぼっていったら、どのような展開が待ち構えているの
だろうかー。
重ねあげられている石階段からは、文明の偉大さも感じさせ
られ、自分の中にしっかりと刻み込まれていくそんな写真だった。

写真家が真剣な目でファインダーをのぞき、今だとシャッターを
押す数千分の一秒の瞬間、そこに写し出されたものに、わたし
たちは何を感じ、何を刻み込んでいくのか。
個々に違うであろうが、たった一葉の写真でもわたしたちの
生命に訴えるものは、計り知れない。

並河氏は日本も撮り続けていたと最近知り、早速写真集を見て
みようと思う。日本の歴史観も感じながら・・・。

最後に、並河氏のご冥福を心よりお祈りして。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

魯迅公園

久々の更新です。GWはいかがお過ごしでしたか?
わたしは前半は風邪で、後半はもっぱら友人たちとゆっくり話をし、
まったり過ごしてきました。

さて、今回は中国旅行の続きです~♪

久々に中国の余韻に浸ったあと、翌日の午前中は上海を観光し、
午後は電車で呉時代の風貌漂う蘇州へ向かう予定になっている。
上海では色々な名所に立ち寄ったが、その中で、魯迅公園につい
て紹介したいと思う。

Rojin1 上海の中でも、大規模で緑地にあふれ、
見渡す限り人だらけの魯迅公園。
庶民の憩いの場として、くつろいだり、
運動したり、雑談したり、太極拳をしていた
り、自分を発揮して楽しんでいるそうだ。
どういうわけか、パンツ一丁でランキング
したり、筆をもって路面に立派な字を書いたり
しているおじさんもいて、なかなか趣があり、情緒あふれる風景だ。

日本と中国と公園の見方に違いがあるそうだ。
日本はどちらかというと、散策、家族や恋人のくつろぎタイムで
使われているが、中国では国が健康推進の場として公園を指定
しているそうだ。
いや、国の指定がなくとも、庶民が積極的に公園を使用している。
地域が庶民と密着しているのだ。
かつての日本もそうだったのだろうなあ。

少し奥を歩いてみると、魯迅先生の墓が見えてきた。
8年ぶりに「魯迅先生、ただいま!」わたしは心の中で声をかけた。
魯迅先生に対して、わたしは特別の思いがある。尊敬の念をもつ。
魯迅先生は医師を志し、日本に留学してきたが、戦争中、中国に
対し日本が犯したことを目の当たりにして、医師を断念、文芸の道
に転向、その道を究めていった。
「ペンは剣よりも強し」その諺どおり、次々と文学を書き続けた。
その代表的な文学が「阿Q正伝」。
最も苦しんできた民衆が主人公になるべきと魯迅先生はその世の
中を目指していた。魯迅先生は、わが身を犠牲にして、青年を守り
育てた。最後の最後まで青年を信じた。
その思想にわたしは惹かれたのだ。

魯迅先生の像を前に、色々と感じることもあったが、時間になり、
蘇州へ向かうべく、上海駅へ向かった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »