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ホットヨガ

先日、宝友に誘われて、ホットヨガへ行ってみた。
夏頃にパワーヨガをやり始めたが、三日坊主の私は断念
してしまった。初めはやる気満々だったけど、体が硬い私
には苦痛も感じていた。
パワーヨガは腹式呼吸で精神を統一させながら連続的な
動きによってポーズを維持させる方法で、やり始めた頃は
汗が出て、徐々に硬い体もほぐれていったかのように感じ
たが、石川へ越したのを機に、全然やらなくなってしまった。

そして、ここ最近になって、宝友が岩盤浴とやらホットヨガ
とやら通い始めたらしく、「Karryも一緒に行かん?」と
お誘いを受けた。

ネットで調べてみると、ホットヨガは、スタジオ内の温度を
38℃、湿度を65%にと調節し、そのスタジオ内でヨガを
行う。その条件内でヨガをするため、筋肉が伸縮しやすく
なり、体の硬い人でも無理なく柔軟性が増してくるという。
単純な私は、二つ返事で、即参加。
サウナをイメージしたが、それほどの温度でもなく、呼吸
しやすかった。
70分のコースで、私は新陳代謝が悪いらしく、汗をかくまで
10分の時間を要した。目の前にいるインストラクターは
2,3分で汗がにじみ出てきていた。
水を飲みながら、鼻で呼吸し、ポーズを維持しながらやって
いったら、汗が滝水のように湧き出て、びっくり・・・
終わってシャワーを浴びたら、肌がいつもよりすがすがしくて、
気持ちよかった。この快感にハマってしまった。

2回目は別の宝友を誘って行ってみた。
2回目だからか、すぐ汗が出て、70分終わっても汗が滝水
のように止まらなくて参った!!
やってみて、感じたことはメンタル面に弱点があるなあと。
ポーズを決めて一定の時間に維持させるのに「まだかよ・・・
早く・・・」といったようないらいら感が増してくる。
本来ヨガというものは精神を落ち着かせ、集中力を養うと
いうものらしいのだが。

どうやら、自分の性格からしては、静より動というスポーツが
性に合うらしい。しかし、メンタル面を磨くことは、今の私に
必要な要素かもしれない。
今後は、体と心のために、最低一ヶ月一回は続けていこうと
思う。

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面白い絵本

面白い絵本を手にした。

「もったいないばあさん」(講談社)という本である。
本屋で一通り読んでみて、即購入!
まさに自分の祖母そのまんまの姿である。
「もったいないべさ~」と謳うわが祖母が浮かぶ。
否、この本は、日本中の典型的なおばあちゃん精神の
表れだろう。

この絵本を読んでみて、
おばあちゃんの「もったいない」と、私の「もったいない」に
言葉こそ同じだけど、捉え方が違うかのように感じる。
それは色々な物があふれるようになったこの時代を物語って
いるのかもしれない。
「もったいない」こそ、現代に生きる私たちの心を潤わせ、
精神面を豊かにしてくれるプラス的思考の言葉だろう。
しかし、人生まで「もったいない」と縛る必要もないが。

以前にこのブログでも紹介したワンガリ・マータイさん
彼女が国連で講演したのを機に、「MOTTAINAI」精神が
国際的にも広まっていった。
幸い、この本には対訳本がある。
日本のMOTTAINAI精神の美学が絵本を通じて世界の
子どもたちに広まることは喜ばしいことだ。
海外に住む私の友人たちにも送ろうっと。

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日本海の荒波が示したもの

11日間もブログ更新をサボっていました・・・m(_ _)m
思考力が停止していたというのではないが、色々な人と接し、
ますます多くのことに思慮を練っていたもの、なかなかブログ
まで手が伸びずに、11日もたってしまっていた・・・
と、言い訳はこの辺で終わらせることにしよう。

さて、先日、石川でよくお世話になっている方たちに誘われて、
福井の越前へ足を運んだ。
その日はことのほか寒い日だった。
日本海を眺めると、荒れ狂う波が勢いよく岩場に打ち付けら
れていた。ふと、洗濯の泡らしきものがふわふわと舞っている
ことに気づいた。
「洗濯の泡?」
「あれは波の華っていうんだ。めったに見れないものだよ。」
私って運がいい?? 笑

越前では、名物越前ガニをほおばり、日本海の荒波を眼下に
露天風呂に入った。
海を目の当たりにしながら、悠々と温泉に浸かったのは全く
初めてだった。本当に目の前だったので、容赦なく押し寄せて
くる波から細かい波しぶきが風で運ばれて私の顔へと浴びせ
られる。

日本海の荒波ー。
怒涛のごとく波が押し寄せては、岩場に勢いよくあたり、水しぶ
きを作っている。
北海道の大海原に育てられた私にとっては久しぶりに見る風景
だが、新鮮に思えた。
その荒波から私はいろいろと連想していた。
荒れ狂う荒波は、今のこの世を象徴しているのかもしれない。
私は長い間、ろう者について、手話について、ろう社会について
憂い、自分の軸なるものを見失ってしまっていたように思う。
答えも見つからず、出口の見えない長い長いトンネルをくぐって
いるような心境だった。答えがほしい。
しかし、その答えが見つからない。
時だけが、いたずらにも刻々と過ぎていく。
わからない、もう一度ブレーキを踏んで、深く考えたい。
そんな気持ちを抱えながら、ろう児の教育に携わっていた。

そんなときに、縁あって石川で働くことになった。
全く別の地に移り住むことに不安がなかったわけではない。
しかし、今、この地に降りたったことに最大の感謝を覚える。
ずっと模索し続けていた、長い長いトンネルの出口をここへ
ようやく見つけることができたのだ。
(その答えは、長くなるのでまた後に書こう。)

東京で働いていたときの私をことわざで表すのなら、
「井の中の蛙、大海を知らず」
はっきり分かったことは、私は無知で臆病者だった。

教育こそが社会を形成しゆく。
そして、そこで形成された社会が再び教育を作り上げていく。
しかし、今の世の中このサイクルのどこかで歪みをきたし、
荒れ狂う波へと舵がとられているように思う。

荒波を承知の上で、船を進めるのか?
荒波を鎮めてから、船を進めるのか?

社会全体を見据えていくことが大事なんだと分かった今、
私は後者を選ぼう!
日本海の荒波がそのことを示唆してくれた。
ヒントは遠い彼方にあるのではなくて、常に目の前にある
のだ。

私は日本海の波しぶきを心で受け止めて、金沢へ帰った。

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北野大学

また、寒波が押し寄せて,日本海側に大雪が・・・
でも、その雪が太陽の光を反射させてくれて、部屋を明るく
してくれている。

さて、わたしの楽しみの一つを話そう。
夕食は家で食べている。
夕食を食べながら、北野パパと雑談する。
実は、その時間がとても楽しみなのだ。
ニュースを見ながら、今日起きたことをネタに、徐々に話が
展開されていく。

ときには、戦争の話や日本の歴史など、歴史学だったり、
ときには、石川や金沢の話など、地理学だったり、
ときには、星の話や天気予報など、天文学だったり、
ときには、野菜や木の話など、農林学だったり、
ときには、海や魚の話など、水産学だったり、
ときには、人生を深く語り合う、人間学だったり。

先日は、戌年にちなんで、ビクターの会社のシンボルマークが
犬である由来について話してくれた。
パパの話では、ビクターの創始者が犬を飼っていて、その犬が
忠犬のごとく、主人になついていたそうだ。
そのうち、主人が亡くなり、最愛の主人に先立たれ、悲しむ犬が
レコードに録音されたご主人の声に耳を傾けた。
それがビクターのマークに起用されたそうだ。
加えて、昔のレコード屋では、レコードを購入したお客さまには
必ず、犬の像を添えて渡していたのだとか。
ビクターのマークは知っていたもの、こんな由来があったとは!
と、また一つ知識が増えた。

パパは博識で、日々、知識が深まっていく。
いわば、食卓は「北野大学総合学部」ともなっている。
「学は光なり」
北野大学で毎日食べることに、喜びを感じる。

でも、生徒がわたし一人とは、なんとももったいないなあ。
今年は北野大学の生徒を増やしていこうかな。

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明けましておめでとう

明けましておめでとうございます。

「世界を導いてゆくものは、機関車ではなくて、思想である。」
これは、大文豪 ヴィクトル・ユゴーの洞察である。

この言葉になぞらえるように、今年も世から感じたことを
私自身の思想を深めながら、文に書きつづけたいと思う。

まずは2006年のキーワードを「心」と掲げ、出発していこう。
「心」を念頭におき、道を拓く人であり、歩み通す人でありたい。
よろしくお願い致します。

今年一年、このことを全うできるように、ブログもどんどん発信
してまいります!
また昨年同様、みなさんから色々なことを教えてもらい、一緒に
考え、語り合いたいと思いますので、今年もどうぞよろしくお願い
いたしますm(_ _)m

最後に、2006年は皆さんにとって多幸な年となりますように・・・。

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