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母の涙

聞こえない子どもをもつ母から、ある話を聞いた。

子どもを定期的に病院に連れて行っているが、
ある時、泣き止まないわが子に対し、医者から怒鳴られ、
それから、病院へ行くのに気が引ける。
それでも、行かねばならない、と言う。

その話を聞いたとき、自分の昔の出来事をふっと思い出した。
忘るることのない母の涙。

いつだったか忘れたけど、確か中学生だったかと思う。
胃に激しい痛みが続いたため、母は私を病院に連れて行った。
しかし、胃の痛みに波があり、医師に見てもらうころには
痛みが引いていた。
さっきまで、胃がキリキリするような痛さがあったけど、今は
引いている、と医師に病状を説明した。
医師は触診で私の腹部周辺を触りながら、「痛いか?」と
聞いた。今は痛みが引いているので全然痛くないと答えた。
そしたら、医師は突然、フッと笑いながら、母に向かって何か
言い始めた。
すると、母の顔がだんだん険しくなっていくのがはっきりと
わかった。そのあと、医師と母は口論のように、言い合いに
なっていった。温厚で、ちょっとおっちょこちょいの母が真顔で、
医師に詰め寄るように何かを言っている。
当然ながら、私はろう者で、母と医師とのやり取りが耳に
入らない。目から得る情報で何が起こっているのか覚ろうと
していた。と、突然、母が涙を流した・・・・
涙を流しながらも、なおも医師に何かを言い続けている。
しかし、医師は貸す耳もなく、母に返答しなくなった。
看護師が「どうもすみません」と言うのが読み取れ、その後も
看護師だけは、母にしきりに謝罪をした。

母は「出よう。他の病院へ行こう」と、私たちは病院を後にした。
異様な雰囲気が漂い続けた診察室を出ても、母は泣いている。
後味の悪い病院だった。

私は母に聞いた。私の大切なお母さんが泣いている・・・
「私の答え方が問題なの?
医者はお母さんになんて言ったの?」と。
母は私に答えた。
「痛くないと言っているし、なぜ病院に連れてきた?
親子のコミュニケーションが通じていないじゃないの?
と医師は言っていたのよ。
そして、医師は大切な娘、そのものを冒涜した。
娘が耳が聞こえないから馬鹿にしたのではない。
医師の人間性に問題があるのよ。
医師はね、私たちの体を治してくれる立派な職業だけど、
人間として生きるあなたを馬鹿にした。
だからお母さん怒ったのよ。」
そう言った母が流した涙は悲しい涙ではなく、悔し涙だった。

わが子の耳が聞こえないからとお母さんたちが引け目を引くの
ではなく、わが子を一個の人間として扱ってほしい。
医師も人間、すべてが正しいわけではない。
聞こえないとか聞こえるとか浅はかな視点で判断するより、
医師に、子どもの気持ちを、そして雰囲気をキャッチする能力
がなかったと私は感じた。
医師は、人を一人の人間として、診なければならない。
しかし、心無い医師は、自分のプライドばかりに気をとられ、
人間というより、聞こえることを優越と考え、聞こえないことを
劣等としている。
その誤りにより、適切な診断を下せない。
そのことに、聞こえない子どもをもつ親も、もちろん聞こえる
子どもをもつ親もすべての親が気づいてほしい。
わが子を、一人の人間として、尊重し、その子どもにあった
適切な治療を受けれるようにしなければならない。
ろうの子どもとは、通じ合えないと決め込んで、子ども自身に
質問しても、意図する答えが返ってこないと思い、子どもの
声には耳を貸さない医師もいる。

こうした医療現場での問題を母親自身だけで、抱え込まないで、
同じ経験をもつ親や関係者みんなで相談しあい、子どもたちを
育てていくことが大切だと思う。
私もそういった場へ出向き、参考になればと自分の体験を
語っている。

私は改めて、母が流した涙を考えた。
母は娘の私が聞こえないことで悲観的になったのではない。
むしろ娘の私をろう者というより、人間としての私を見ていたのだ。
誰だったかの至言か忘れたが、
「人間、原点に帰れ」それを思い起こした。

お母さん、ありがとう。

(追伸)もちろん、心無い医者だけでなく、きちんと子どもに向き
合ってくれる医者も数多くいるということを付け加えておきたい。

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「★つぶやき」カテゴリの記事

コメント

たえでちゅ:うん、頑張って更新していますぅ♪
まだかいな?待っているからねと暖かい励ましのメールが来ているし、待っている人がいると、やっぱりうれしくなっちゃう。
うん、人は千差万別だから、考え方も意見も微妙に違っていたり、全然違っていたり・・・それが人間なのよ。その話を聞きながら、自分の思っていることを語り、それぞれの共通点を掴み取ることが対話の面白味なんだよね。
私も、たえもみんな頑張ろうね!

投稿: Karry | 2005/12/19 17:44

ブログ更新頑張ってるんだね。素晴らしい!!
継続は大事だよね。うん私も頑張りますぅ・・・
私は親もろうで、自分の子供もろうだから、ろう児をもつ聴親や聴児をもつろう親の立場が分からない。
ろう学校ではいろいろな親がいるから、それを頭に入れて接していきたいと思う。

親の悩みを解決できたらいいね。

投稿: たえでちゅ | 2005/12/15 06:34

Herb:カキコありがとう。Herbって、いいハンドル名だね!うん、そうだね。人間を尊重する心を持つことは、難解なことだと思う。当たり前のことを忘れてはならない私たちになろうね。

しずか:カキコありがと~。
うん、私の自慢の母です!!しずかさんも毎日、いろいろ思索しているので、私自身もためになります。常に考えているしずかさんのお子さんもこれからが楽しみですね。またいろいろ語り合いましょう。

ケーコ:カキコありがとう。
ドクハラだね。そういう言葉もあるんだね。
老人も一個の人間として、尊重し、仕事に振舞う、ケーコはすばらしい!!
認知症は、程度も行動もそれなりに違ってくるから、その対応も考えながらやっていることでしょうね。その姿、思い浮かべていますよ。

投稿: Karry | 2005/12/14 12:37

今だったら告発できるんだよね。
ドクターハラスメント(略:ドクハラ)という言葉が最近知られるようになった今頃よ。
セクハラと同じく、医者が患者にわいせつな言葉や傷つく言葉を言うことであり、カリーやコメントを書いた方の言うとおり、「その人の人権を尊重する」ことを忘れてはならない。
ケーコの仕事柄、その人が認知症(ボケ)になっても「尊重」する人生の先輩として接するよう努力しているんだが・・・うーん(-_-;)

投稿: ケーコ | 2005/12/07 08:22

とてもすてきなお母さんですね。母親の立場として子供を守るだけではなく、たとえ相手が医者であろうと「人として尊重してほしい」とはっきり言うことができる、そういうお母さんにkarryは育ててこられたのだなぁ。と感動しました。
私も娘として自分の母を振り返ったとき、母の存在に良くも悪くも(笑)影響をうけていることに気付きます。今、自分が親になって、子供にとって一番大事なことは何か??模索しながらの毎日です・・・。

投稿: しずか | 2005/12/02 22:35

あまりも泣いちゃったよ・・・。(TOT)
“人間を尊重する心”を忘れてはならないよね。
この当たり前のことを忘れてしまっていてはなんと恐ろしいことか。


投稿: Herb | 2005/12/01 22:54

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