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夏休みの読書

大人は、せいぜいお盆あたりのみが夏休みとなるが、
子どもたちの夏休みは長期にわたる。
海にいったり、山へいったり、色々と楽しむことだろう。

私が小学生の頃の夏休みは、おばあちゃんの畑を手伝ったり、
友達の家に遊びに行き、海水浴や、魚釣りなどをして、自然と
戯れたことが脳裏に残っている。

図書館にもしょっちゅう行った。
ズッコケ三人組シリーズ、アルセーヌ・ルパン特集、
怪人20面相シリーズにもはまってしまい、
おばあちゃんに、「寝ながら本を読むと目が悪くなるよ」と
よく叱られたことが、懐かしい。
今、メガネをかけているのも、おばあちゃんの言うことを、
守らなかったからかな(笑)。
パソコンも超あたりだけど・・・。

ところで、夏休みに入った子どもたちにお勧めしたい本あり!
「マジックツリーハウス」知っているかな?
シリーズ本となっていて、現在1~14巻まであり、内容は、
主人公の兄妹がツリーハウスから、様々な時代、その国へと
ふしぎな冒険の旅をするといった話。
一巻につき2話の話が盛り込まれていて、私もそれぞれの
時代へ飛んでしまうような錯覚になった。

児童書だけど、大人でもワクワクする本だと思う。
パターンは単調だが、なかなか侮れない本。
地理学だったり、生物学だったり、歴史だったり・・・
たとえば、7巻が「ポンペイ最後の日」で、それがきっかけで
古代ローマはどういう歴史をしているのだろう、ギリシャ神話に
出ている神の働きは何だろうと興味を持って、他のものを
調べてみたくなったり、それについて深く思索させる、
不思議な本でもある。

みなさんも、頭の栄養として、どうぞ、手にとってはいかが?

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世界平和の心

受験を控えたろう者の中学生と一緒に、アメリカへ留学した
人の体験話を聞いた。

留学したばかりの頃は、大学で学ぶ英語が全く通じず、

自暴自棄になり、ビールやタバコ、遊びに明け暮れていたそうだ。

あるとき、自分に負けていては何もできない。と、初心に返り、

まずは語学の壁をやぶるために英語を猛勉強した。
その結果、
大学も無事に卒業し、秋には、アメリカの大学院
入学をも勝ち取ったそうだ。

自分に打ち勝った彼女の一言が印象的だった。

「私はやりきりました!後悔はしていません。」

会場内にいた他の中学生の子が「夢は何ですか?」と問うと

彼女は堂々と「世界平和に貢献できる人材になること」と答えた。

彼女の顔は輝いていた。彼女は付け加えて言った。

「世界平和に貢献できる人材とは何かというと、相手の心が
わかる
人になること。」

その言葉を聞いた瞬間、自分の思い悩んでいたことが

スーっと解けたような気分だった。

私自身、世界を旅し、いろんな人と語ってきたことから、

世界平和を祈り、世界平和に貢献できる自分になりたい

と思っていた。

しかし、スケールがでかい・・・
どうしたらいいのか、自問自答
していた。

そんな中、今回、彼女の話を聞き、世界平和は大きなこと

と考えるのではなく、小さなことから始めればいいのだ、
と気付いた。

たとえば、友人と意見が食い違った時、何が違うのか、

そこを話し合わねばならない。

わからないからと言って相手を批判するだけでは、相手への怒り

を持つだけになる。

怒りをもった話し合いは、結局は平行線のままで解決の糸口は
みつからない。

世界平和の心は

相手をわかろう、尊重しようという、誠意をもった対話によって、
相手に必ず届く。

それはまた、相手の心に幸福の種をまくことにもなる。

これこそ、世界平和の行動の原点ではないだろうか。

一人を大切にする、そういう行動が世界平和につながるのだと
感じた。

その日の夜、一緒に行った中学生からメールが届いた。

「今日よかったよね。私、頑張るよ!」と。

頑張れ!君は未来の宝なんだよ。
世界平和の心はずっと持ち続けようね。

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心温まる詩

昨日、友人のカルと一緒に相田みつを美術館へ行ってきた。

カルと私とは、不思議な縁にある。

名前も一文字違い、誕生日も丸1ヶ月違いの同じ歳で、
血液型も同じ。

私が活発的に対し、彼女は控えめな女性。
そのせいか、なかなか波長が合うようだ。
そんな彼女と相田みつを美術館へ。

作品はどれも心に響き、抽象的でない分、現実として

受け止められる。

二人で鑑賞しながら、作品に対してお互い批評しあった。

「相田みつをの言葉は短文だけど、凝縮していて味わい深い
んだよね・・・」

「筆で書かれたふぞろいの字も更に私たちの心に染みてきて
なかなかいいね」
「当たり前のことを忘れている現代人にちょっと問いかける
メッセージがたまらないよね」と。

「点数」
にんげんはねえ 
人から点数を
つけられるために
この世に生まれて
きたのではないんだ
にんげんがさき
点数は後

「いのちいっぱい」
いのちいっぱい じぶんの花を

「夢」

夢はでっかく 根は深く

言葉は本当に少ないけれど、言いたいことは、100%伝わってくる。
相田みつをのように、常に自分を見失わず、かつ色々なものを
感じられる心を保ち続けたい。

そう胸に抱きながら、カルと私は、颯爽とした気持ちで美術館を後にした。

相田みつを美術館     http://www.mitsuo.co.jp/ 
心の時代に 相田みつを http://mitsuo.diamond.co.jp/

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変わらぬ友情

友情は本当にありがたく、素晴らしい。

昨夜、宅配が届けられた。
送り主は、私のかつての文通相手。

私は、北海道に住んでいたため、本州に対する憧れから、
各地にあるろう学校の様子も知りたく、文通が趣味となった。
人数は100人以上に上った。
今となっては、青春時代のいい思い出となっている。

私が中1で、彼女が中3の時から、文通をはじめ、私が上京する
まで続いていた。
お互い忙しくなり、いつしか、文通も途絶えてしまっていた。
しかし、ひょんなことから、彼女もろう児をもつ母親となったと知り、
私が教育に関わる仕事をやっていたことから、再び、連絡を
取り合い、会うようになった。

送られてきたものは、彼女の地元で取れた、新鮮な特産物の
野菜だった。
突然の贈り物だった。手紙も添えて。
彼女の温かい気持ちに感動・・・。ありがとう。

武者小路実篤の「友情」に、
「よき友を持つものは、自分の方でもよき友になれるもので
なければならない。自分だけが得することは不可能である。」

その友は、私が苦しい境地に立たされたときも変らぬ友情で、
私を支え、励ましてくれた。
彼女の温かい言葉に、私は勇気付けられた。

彼女のように、今度は、私自身がよき友となるためにも、友を
大切にする、これだけは誰にも負けない自分になろう。

変わらぬ友情---私の最高の宝である。

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自然との共生

世界報道写真展2005とともに、
世界文化遺産写真展「アンコールと生きる」を
見てきた。

写真展に一歩入ると、白黒の大写真が貼られていて、
一瞬、アンコールにワープしたかの錯覚に陥ってしまった。

その中でも、スポアンという樹木に私は圧倒されていた。

バイヨンという仏の顔が100以上もあり、どれもみな

表情が違うことに気づかされる。

焼き鳥屋と称した写真があって、おばさんが“焼き鳥”を
握っていた。その写真をみて、驚いた。

日本のように、小さく切って焼くのではなく、鳥を丸ごと
焼くそのもの
だった。
日本の感覚では、通用しなかった・・・。

その写真から、カンボジアの国の生活文化が窺えた。

アンコールを想い、アンコールの地に散った戦争写真家の
一ノ瀬泰造氏の墓の写真もあった。

これらの作品を手がけた写真家・BAKU斉藤さんは

「森が朽ちると、遺跡も朽ちる。」と言う。

その言葉の意味がわかったように思う。

アンコールの遺跡は、森によってしっかりと支えられている。
アンコールの遺跡の歴史、呼吸は森という大自然の営みの
中に
生きている。
自然との共生・・・

自然こそ、偉大な芸術家であると感じた。

baku_top



北周壁門西尊顔
(アンコール遺跡郡夕・プロム僧院)
(c) Baku Saito

世界文化遺産写真展「アンコールと生きる」 
http://www.baku1.com/event/ebisu2005/index.html

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写真から見えるもの

東京写真美術館で開催されている「世界報道写真展2005」へ
足を運んできた。


津波で親族を亡くし遺体の傍で嘆く姿。
襲いかかる砂嵐に怯える人。

転覆した船から放り投げだされ、必死の形相で助けを求める顔など。

2004年、世界中で起こった予期せぬ天災や紛争などの写真が

展覧されていた。

写真の中には、目を覆いたくなるような悲惨なものもあった。
私は決して目を逸らさず、これらは、本当に起こっている事実
なんだと、一点一点見ていった。

胸詰まされる思いがしたが、それとともに自分の命について
改めて考えさせられた。


紛争や被災地で活躍する報道カメラマンに対する考え方には、
両極端あるように思う。

1つは、「わざわざあんな惨い写真を撮らなくても・・・」という考えと、
もう1つは「このような事実を伝える写真があるから、生命や平和に
ついて省みることができる」というもの。

私は、後者に近い考えを持つ。

実際、テレビや新聞等で、テロや災害の様子は知っていた。
だが、そこから、伝わるものには限界がある。

報道写真でしか伝えられないものがある。

それは---- 」である。

私がこのような報道写真を通して感じることは、
写真に写る
人々の怒りや嘆き、悲しみの「」であり、
カメラをもち命を
かけて私たちに何かを伝えようとする
カメラマンたちの「」、

そしてそれを受けて感じている自分の「」である。


写真を通して、みなさんも色々な「を感じてみませんか。

東京写真美術館  http://www.syabi.com/

世界報道写真展2005
http://www.syabi.com/schedule/details/worldpressphoto2005.html

world

アルコ・ダッタ (インド、ロイター)
「スマトラ沖地震による津波で親族を亡くし嘆き悲しむ女性」(C) Arko Datta

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素敵な出会い-がんこおやじ-

みなさんの好きな四字熟語は何でしょうか?
私は「一期一会」「十人十色」「獅子奮迅」の3つ。

「一期一会」

その響きが、私にはたまらない。
私の師匠は「一人を大切に」

「人を大切にすることは自分を大切にすることに等しい」と言う。
私も人との出会いを大切にしていきたいと思っている。

先日、「一期一会」になりうる出会いがあった。

居酒屋で、私は親しい友人と呑んでいた。

友人とも楽しく語り、酒でほろ酔い気分、そろそろ切り上げようか
というときに、隣のテーブルのおじさんが、突然私たちに調味料を
2本、
「あげるよ」と持ってきた。
ラベルには、「おやじの秘伝ソルトハーブ唐辛子味」「ガーリック味」と

書かれている。
味見してみると、なかなかマイウ~。
「え、この顔写真、おじさん?」
「そうだよ。」
「すげえ!(厚かましく思いながらも)ありがとうございます!」

とありがたくもらった。
「ねえ、君たちいつ結婚するの?」
「え?%$#&’?」
「彼女は結婚しているけど、私は違うよ。」
「あら、いけないね!!」

??何か誤解していない??

「あの~よく間違えられるけど・・・私は女性です」

おじさんたちをビックリさせたみたい。笑
ごめんね、ビックリさせて・・・
私、しょちゅう間違われているんですよ~

色々、筆談しているうちに、終いには、席を仕切るために、

吊り下げられていた布を、邪魔だなぁといいながら外してしまった。
筆談、ジェスチャーで語り合い、けっこう盛り上がった。
帰る間際に、「みんな友達!また呑もう!」と言い交わし、私たちは
先に切り上げた。

最近、生命を尊重しないテロ、いじめ、自殺など心痛くなるような
事件が連日のように続いている。

おじさんたちと共有した時間は、ほんのわずかだったかもしれない
が、
心豊かになる時間であったと、胸をはっていえる。
「がんこおやじ」と称するおじさんたちに感謝。ありがとう。
「がんこおやじ」商品はテレビで放映されている超人気商品だそう。
味もバッチグー。
「がんこおやじ」の友人として、みなさんにPRしよう。
うちはテレビはあまり見ないほうなので、どういう番組か知らないけど、
このおじさん、ただものじゃない!!

がんこおやじ http://www.rakuten.co.jp/ganko-oyaji/

一期一会、一人を大切に・・・
私の好きな言葉をみなさんにそのまま送ろう。

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もったいない精神

「MOTTAINAI」と書かれたTシャツを手に
          「MOTTAINAI」を世界に広めようと
日本を訪れたワンガリ・マータイ博士の姿が記憶に新しい。

マータイ博士はケニア人で、アフリカの地に緑を増やすべく
緑地運動を広げ、のちに、ノーベル平和賞を受賞した方である。

その博士の考えに深く共鳴したことがある。

「何かを変えたいと思うのであれば、まず、自分自身から
 変えなければならない。
 そして、自分自身が先頭に立って変えなければいけない。」
「さまざまな迫害もありましたが、自分がやり遂げなければ
 ならないビジョンが分かっていれば、その恐怖は乗り越えられる」

緑地運動が広がったのも、一人一人が、自分でにできることは
何かと問うことからはじまったのだと思う。
わが人生も、母なる地球の未来もビジョンを立てることが、
かならず、次世代への扉を開くことができるのだ。

もったいない」・・・そういえば、祖母や母もよく言っていた。

お茶碗に、お米がついたまま「ごちそうさま」という私に、
もったいない!農家の人たちが丹精こめて作ったお米なんだから、
ありがたく残らず食べなさい。

「わかりました~」

「靴下に穴があいた!新しいの買ってよ!」という私に、
もったいない!穴が小さいから、ちいさいうちに縫えば、また
使えるよ。縫ってあげよう。

「・・・・」

我が家に水洗トイレがついたときのこと。
「やっと、汲み取りトイレから開放されて嬉しいな」と言う私に、
「小便は『小』の方に、大便の時だけ『大』の方に回すのよ」
「えー、どっちも同じじゃん!」
もったいない!手を右か左かに回すだけでしょ!
「・・・・」

他にもきりがないくらい思い出す。
マータイ博士の本を読むと、なるほどとうなずける。
もったいない」こそ、日本の精神であり、日本の美徳なんだ。
素晴らしい言葉が、日本にあったのだ。

母なる地球が汚されている今、みなさんも自分にできることから
始めようよ。

私は・・・ささいなことだけど、
●電気の無駄使いはしないように。まずは、コンセントをマメに
 抜こう。

●サランラップの使用を控えて、タッパーに詰めよう。
●天気が危うい時は、折りたたみ傘をリュックに入れていこう。

 ついついコンビニで傘を買って、使わない傘が増えてしまうから。

さあ、みなさんもマータイ博士とともに
               「もったいない」と唱和しましょう!

関連URL
ワンガリ・マータイ博士公式HP http://www.wangarimaathai.com/

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私もおばさんになる

先日、弟から、生まれたばかりの甥の写真とともに親ばかな
コメント付きで写メールが届いた。
甥の写真をながめながら、
「まゆ・目は弟、鼻・口は嫁はんだね。」と分析している私。

私は4人兄弟の長女である。
下には、親ばかになった(笑)弟、大学生の弟、高校生の妹がいる。

一番上の弟は去年の三月に結婚した。
私からしてみれば、愚弟だけど、大切な弟。

しかし、彼は私が耳が聞こえないことを今までずっと恥じていた。
その弟が、愛知へ就職してからは、顔を合わせることもぐっと減り、
お互い連絡を取らなくなっていた。

そんな中、一昨年の秋、突然弟からメールが届いた。
「ねえちゃん、俺、結婚することとなったんや。姉さん女房や。
式をやるから、ねえちゃん、来てや」と。
弟も愛する人ができ、家庭を築いていくんだなと思うと、
大きな喜びが。
色々やりとりをしているうちに、
「ねえちゃん、式の時の手話通訳はどうやって頼めばいいの?」
弟からのその一言に驚いた。
まさか弟からそんな言葉を聞けるとは。
今思えば、私は小さい頃から寄宿舎に入り、家族とは
離れて暮らしていたため、「ろう者の姉」に対してどう接して
いいのか、弟なりに悩んでいたのだろう。
お互い、何とか分かり合いたいと長い間抱いていた気持ち。
弟からもらった結婚報告を機に、私たちの距離は縮まったように
思う。

私「うん、通訳は必要だから、私の方でやるよ。突然どうしたん?」
弟「ばかだなあ、ねえちゃん。俺も成長しとるよ。ねえちゃんの
  頑張りを聞いているし、本も読んだよ。
  通訳者の謝礼や交通費も必要だと思うし、それは俺がもつから
  安心して。」
私「ありがとう。」 

弟の言葉が、本当に嬉しかった。

結婚式当日には、突然のスピーチ依頼・・・。前もって頼めよ!
と言いたかったけど、それが弟なんだよね。
姉として、心から祝福の言葉を贈った。

最後に弟から
「ぼくにとって一人一人が大切な家族です。」という言葉をもらい、
家族みんな涙が止まらなかった。
この日、改めて家族の絆を感じた。
兄弟っていいもんだな。家族っていいもんだな。

そんな弟がパパになった。
一段と成長したであろう弟、そして生まれたばかりの甥に会いに
行こう。

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通信手段

高度な情報ネットワークに伴い、わたしたちの通信手段も
発展してきている。
一昔のろう者の連絡手段は、はがきであった。
通信技術が発展するつれに、手紙、FAX、ポケベル、
携帯電話メール、電子メールと便利なものが登場し、
ついには、常時接続のADSLや光ファイバーの登場で、
チャットで文字、ビデオのやり取り、テレビ電話と発展して
きている。
科学の進歩にはきりがない。

海外にいる友と難なく、チャットで文字、あるいはビデオの
やりとりをしている。そのおかげか、世界に距離を感じなく
なってきている。
これはメリットでもあり、デメリットでもありえる。

海外にいる友とビデオで語り合う時は、時差を考え、相手の
時間に合わせている。
「明日の朝7時に会おう」とメールするなら、かならず、あとに
your time か my timeと付け加える。でないと、私の時間か、
向こうの時間か混乱してしまうからだ。

ほんとに地球は回っているのだと感じる。
こんな時、ふと谷川俊太郎の「朝のリレー」が思い浮かぶ。

朝のリレー  谷川俊太郎

カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている

ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ

ここが夜だと、向こうは朝。
朝と夜と比較された文が続いている。
地球は自転しているから、必ず朝が来て、必ず、夜がくる。
特に「朝をリレーする」という喩えに、魅力を持つ。
朝をリレーすることによって、私たちは、つながっている。
朝を向かえる場所は違うけれども、みんな同じ地球人。
国は違っても、我々は同じ一つの惑星・地球に住んで
いる地球人、人間なんだ、と感じる詩である。

他にも、谷川俊太郎の著作は、たくさんあるが、
今度、私のお気に入りの本を紹介しようと思う。

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栄光のゴール

goal

2002年7月7日

みんなの大声援の中、私は一本のゴールの
テープを切った。

2002年5月14日、ロサンゼルスからワシントンDCを目指し、
私たち20人は、自転車によるアメリカ横断へのスタートを切った。
スタートを切ってからの1ヶ月半、苦しくてくじけそうで、逃げ出して
しまいそうな時もあった。でも、私たちはお互いを励ましあい、
支えあい、ただひとつ、ゴールを目指し、走り続けた。

そしてー。
7月7日、最終ゴールとなる、ギャローデット大学には、多くの
人々が、私たちを今か今かと待っていてくれた。
私の友人も沢山日本からかけつけてくれ、その中には、
親友の泉宜秀くんの遺影の写真もあった。

みんなの暖かい声援をあびながら、私たちは
「栄光のゴール」へと飛び込んでいった。

あれから3年。
3年という月日は過ぎ去ったが、あの時の感動は今でも
鮮明によみがえる。
しかし、「栄光のゴール」を切ったあの瞬間の衝撃・・・
もう二度と味わうことはできないだろう。

私にとって「栄光のゴール」が、今では人生の糧となり、
心の「財」となっている。
そしてまた、あのゴールが、新たな出発のスタートであり、
私は今もまだ走り続けている。

(このアメリカ横断旅行については、後日アップします。
 楽しみにしてね。)

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アクセスカウンターを追加

みなさん、遊びに来てくれてありがとう。
今日より(7/6)アクセスカウンターをつけました。
楽しみがまた一つ増えました!
ブログって、なかなか奥が深いですね~。
まだまだ不慣れな部分があるので、どんどん追求し、
凝った「Karryならでは!のブログ」にしたく思います!

さて、明日は、七夕ですね。織姫と彦星が待ち焦がれて年一回
に会う日。現実に、年一回会う恋人っているかなあ?笑

私にとって、7月7日は一生涯忘れられない記念日です。
どういうことでしょうか??
(ヒント)アメリカ

答えはは明日アップしまーす。

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私たちは何のために生まれてくる?

私たちは人間である。
そして、私はろう者である。

昨日、友人と話した。

R「なぜ、Karryはろう者として生まれてきたの?」
K「それは、私が自分で選んできたからだよ。
  私は自ら望んで、聞こえる親を選んで自分がろう者
  として生まれてきたんだ。
R「そうなの!わかるような気がする!」

幸い、友人も哲学を語るのが好きで、色々盛り上がった。

私は両親を愛し、心から深く尊敬している。
そして、ろう者であることをありがたく思っている。

人生色々ある。
つらい時も、悲しい時も、嬉しい時も、楽しい時もある。
壁にぶち当たった時に、どうするか分かれ道がある。
くじけそうになり、あきらめて、後退するか。
苦しくても地に這ってでも、前進するか。

壁にあたった時に、必ず母は言う。
「困難は長く続く人生からしてみれば、必ず意味があるのよ。
その壁をぶち破りなさい。自分自身に負けないこと。
お母さんはあなたを信じているから、頑張るんだよ」

その言葉を聞くと、小さな自分の殻を破り、大きな自分になる
ために、自ら望んでこの親の下に生まれてきたんだと思う。

人生は挑戦の連続である。
ろう者だから、楽しいんだ。
ろう者だから、色々と学べるんだ。
ろう者だから、みんなと仲良くなれるんだ。
ろう者だから、現実社会をダイナミックにかえることができるんだ。
生まれてきた意義と価値がわかるのは、本人しかないと思う。

Karryとして生を受けた今、Karryでしかできない使命をまっとう
しよう。みなさんも、自分の人生を一生涯前進して、豪快に歩もう。

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わたしと読書

ブログの更新をさぼっていました・・・
私は無類の読書好きで、いつも寝る前には読書をする。
しかし、面白い本を読み始めるとブレーキが利かなくなる。

私の好きな本に、「ワイルド・スワン」「大地の子」などがある。
いずれも、中国もの・・・(笑)
今度、ブログで紹介したい。

巷には、沢山の小説があふれている。
読書は人間だけができる特権であり、今回は世界の名作に挑戦して
みようと思い、図書館で本を借りた。

中学生か高校生時代に読んだ本を改めて読み返すことに。
面白いことに、あの時に読んで感じていたものと、今読んで感じて
いるものとが違う。それが読書の醍醐味だろう。

本の読み方には、色々な方法があるそうだ。

1. 筋書だけを追い、面白く読もうとする。
2. その本の歴史的背景や、その人が言いたいことを思索しながら
  読む。
3. その人の人生観、世界観、宇宙観、思想を考えながら読む。

みなさんはどのように読んでいるだろうか。
私自身は、小学生の頃は1、中学・高校生の頃は2だったように
思う。社会人になって、いろんな人と出会ってからは、読み方も
2から3へと変わってきたような気がする。

色々な名作を読んでみたので、ここで少し紹介したいと思う。

   「クリスマス・キャロル」 著チャールズ・ディケンズ
クリスマスの前夜、ケチで意地悪なスクルージ爺さんの前に、死んだ
はずの共同経営者マーレイの幽霊が現われた。そして彼は、3人の
幽霊によって自分の過去・現在・未来の姿を見せられる。
人間の愛に、感謝と恩は常に忘れない自分になろうと思えた本。

   「モンテ=クリスト伯」 アレクサンドル・デュマ
無実の罪をかぶせられたダンテスは14年間牢獄で幽閉される。
ファンテスと出会い、彼から様々なことを教わり、教養を得た彼は
執念で脱獄、モンテクリスト伯爵という名前に変える。
14年の歳月は、人をも変えてしまう力を持つが、悪の者には
破滅を、善の者には幸福を与えた。   
執念こそが最後に勝つ、本当の自由は何か、過去よりも未来が
大事だと思えた本。

読書は常に、習慣づける自分でありたいと思う。
そして、良書を読み、共感し合える友人たちと深く語り合っていきたい。

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